第35話 時雨心地


 小夜中が更けていく、刹那的な事象を心底から、僕は心から厭いたい。


 いつまでも、この世界が月暈の夜だ、と宿命づけられていたのなら、僕はずっと心穏やかのままでいられたはずだった。


 白い朝日の渋さが嫌いだ。


 


 これから始まろうとする東雲の、刹那の朝霧が嫌いだ。


 早く進め、と言わんばかりに始まる、早朝の新聞の広告が嫌いだ。


 僕は夜を司る少年のまま、朝焼けの頃合いに深い息を吸うしかない。


 小夜中の時雨心地の精霊が僕を揺さぶってくれる。


 


 僕は終夜、月華の夜伽を案内する、花柳界で働く、いびつな陰子だった。


 小夜すがらを引っ張ってくる夕闇と、夏館の柱時計の静かな鐘の音が徐々に忍び寄ってくるからもうしばし、我慢しようじゃないか。


 


 どれだけの過ちを、偽悪に縁取った、緑青の万年筆で描いたら、この背中を蝕む重荷も軽くなるのだろう。


 僕は深く沈んだ、紺碧の朝空を見ながら孤独を慕った。


 まるで、桔梗の傘のようだ。


 


 それも、硝子細工で出来た江戸切子のように、巧妙に作られた傘の羽搏きのような。


 水音が踊る、雨催いの日の酔いしれにも見える。


 

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