第34話 夏越しの月、幽明
シルクカーテンの隙間からは彼女と戯れるときはいつも、締め切っているけれども、かすかに都心の風景が見えた。
どうやら、鬱蒼と茂った青葉が眩しい、夏木立が見えた。
ああ、皇居外苑だ。
このホテルは宮城とは、目と鼻の先にあるもの。
銀鏡で生活していたときは、あんなに四季の移ろいに目を輝かせ、その詩情に惚れ込み、簡単には言い表せない、心の韻文をひたすらに唱えていたのに、都会の有害な生活にまみれた僕は、暗渠の汚泥さえも飲み干してしまったかもしれない。
「僕は大満足でしたよ。先生のような恩人に助けてもらって光栄です」
本心とは真逆の言の葉を僕は吐いている。
その憂鬱さえも吐き出すように、僕は彼女のご機嫌を損ねぬよう、あらゆる手段を駆使して、彼女に媚びる。
「そうね。あなたは私にとっての子犬と同じだから」
彼女の指令の通り、僕は再び、子犬が飼い主とじゃれ合うように、情事の終わりまで決行した。
彼女の旺盛な欲望の満たし方には感心するくらいだ。
親子ほど年齢の離れた僕でさえ、疲れ切ってしまうほど、何度もじゃれ合ったのに、彼女の蝮のような沸々とした、見境ない咬合にはいい加減、呆れる。
彼女の意地悪な言動も、その買い被った揺らぎのない、強がりなのだろうか。
彼女の汗ばんだ背中にキスしたり、この時季名物の完熟した白桃の実のような乳房を揉んだり、何度も腰を据えながら恋仲を弔いながら交わったり、もはや空白を貪ったまま、奴隷のように跪づくのが、何か、疲れたんだ。
赤い情愛中毒の行為そのものに、そのうち、嫌悪感も沸かなくなるのは時間の問題だった。
彼女の偉ぶった目線を浴びながらその胸元で抱かれ、見上げるたびに、嗚咽と苦渋と切情で、僕はどうにかなるからだ。
このまま、僕は誰かの既成概念にうまく利用され、蔑まれ、失望さえも嗤われて、都心に天空の城のように浮かぶ皇居内の森のように、一際、世間から外れて生きていくのだろう。
夏越しの月、僕と手を取り合った故郷の森と同じく、禁中の瑞々しい若葉の森は、都心の喧騒から離れるように、孤高の鷹となるのだった。
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