第101話 ニヒリズム、苗木


少女が徐々にではあるが、片付け終えた僕に静かに語り始めた。


「さっきはごめんなさい。ただ、あなたがあまりにも綺麗だったから、つい」


 少女に激賞されるほど、僕は類稀な美貌の持ち主なのだろうか、と猜疑心は拭えない。


 ただ、僕を取り巻く女性たちが好き勝手に評価しているだけだろうに。



「身の上話って?」


 少女の口角が上がる。


「あたし、自分で自分を傷つけないと自分を保てないの」


 少女の憂いに満ちた瞳孔は僕の心臓を鋼のように打った。


「死にたいから?」


「違うの。生きるのを実感するため。学校でもママの権力をみんな怖がって、軽々しくは接してくれないの。あたしだけが浮いていても、先生たちもママを恐れて、あたしだけ特別扱いするし、その状況によく思わない、子たちはあたしと最低限しか、付き合いわないし、懲り懲りなの」


「それでも、希死念慮が取れないんだね」


「うん。あたし、死にたい相手を探していてね、ツイッターでも呼びかけても、禄でもない大人しか、返事をくれないし、あたしはネットの中でも孤独なの」


 孤高を気取りたい匿名の少女Aのニヒリズムは高尚なまでに深い。



「僕も死にたい、と常日頃から冀っている。それでも、死んだら他人に迷惑がかかるから死なないだけだ。君も生きていれば、多少なりともいいことがあるよ。だって、大学に進学して留学したいんだろう?」


「あたし、今すぐ死にたい」


 少女が過呼吸を起こしたかのように散り散りの吐息を出した。


「いいことなんてないよ。ママに雁字搦めに支配されて、あたしの人生プランは決まっているんだもん。ママの言う通りに命令されたら逆らうなんてできない」


 秋夕焼が遮光硝子の窓辺から斜めになって差し込み、途轍もない孤立を案じていた。


 マウンティングを装っている、その心境も一皮剥けば、微風に吹かれたら倒れそうなまでのか弱さで少女、という苗木は立っているのだ。



「そうか。色々、みんな抱えているんだ。僕は君の人生の代行はできないけれど」


「あなたって、本当に皇子様なんでしょう」


 その一言で僕の中の溜飲が自然的に下がった。


「ママの会話、筒抜けだった。あたし、全部、知っちゃった。あなたの素性も生まれも育ちも」


 少女にもあの重要な秘密はばれていたのだ。


 あんなに大きく諍いを起こせば、部屋中は筒抜けだったのは間違いない。



「恐らくは本当だろうけど」


 啖呵を切るように僕は言った。


「だからって、僕の扱う人生のプランは何も変わらない。不遇なままの過程も、尽きのない日常も溶けていくようにバラバラのコラージュのままだ」


 とある哀歌の歌詞にインスピレーションを得た、長台詞を吐きながら、僕は少女の会話の相手を続行する。


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