第100話 希死念慮、ムーンライト


 心中を強要されている、と呑み込めたとき、僕は一種の安らかな恐怖感を覚えた。


 けれども、少女の悲しげな微笑が僕の心を貫き、僕は優しく宥めた。


「死にたいのは僕も同じだけど、死んだら何の得策にもならない」


 少女の希死念慮なんて、別段と物珍しい話でもない。


 この多くの事象が流転する時代で死にたくなる人なんて、あぶれ出して当たり前だ。


 逆に希死念慮が全くない人のほうがどこか、螺子が一本多いのか、少ないのか、通常とはずれているんじゃないか、と僕は本気で思ってしまう。



「じゃあ、あたしを抱いて」


 少女の人懐っこい笑みが僕の脳内に反響する。


「ママを抱いたときみたいに。深く、奥深く。あたし、地獄まで堕ちる自信だけはあるから」


 いつの間にか、少女もチキンラーメン一杯に、ちゃっかり、シーチキンに戸村の焼肉のたれをかけ、食欲旺盛に食べ終えていた。


 少女の幼さ残る犯し難い、コケティッシュな誘惑に僕は一切乗る気はなかったけど。



「お口に合ったかは分からないけれど。僕の家にはこれくらいしかなかったし」


 話題を逸らそうとしても、心臓に毛が生えたような少女には効果はなかった。


「この焼肉のたれ、メチャクチャ美味しかった。ママが普段、用意する食事より、うんと美味しかった」


「それは良かった。この焼肉のたれは僕の地元では有名なんだ。君は一晩、ここで過ごしたほうがいい。お母さまのほうは君と顔を合わせられるような、精神状態じゃないだろうから。落ち着いてから話を進めよう」


 僕が何とか、口裏合わせをするように言うと、少女は僕に馴れ馴れしく近づき、セーラー服の釦を開けて人差し指を入れる。



「あたしのこと、どう思うの?」


 少女の表情はもう、一人の大人の女性のそれになっている。


「ママみたいなおばさんより、あたしのほうが肌もまだまだ、綺麗だし、あなたの欲望だって満たせるよ」


 少女のセーラー服はもう、はち切れそうまでに露になっていた。


 年齢の割には早熟な乳房が芳醇な葡萄の房のように揺れ、今か今かと春情を待ち浴びている。


 僕の花芯が咲かそうとしているのを狙い撃ちして、一丁前に誘惑し、両足を開いて、まるで、幼い哀しみにまみれた娼婦のように手招いている。


「君は自分の身体を大事にしたほうがいい。君は未成年だろう。女の子は自分の身体は大事にするものなんだ」


 僕は彼女の誘惑を無視して、夕食の後片付けを始めた。


 シーチキンの缶と汚れたお椀をみすぼらしい流し台に水を付けて、洗剤をコップに付けて洗い流した。


 それでも、たったの二人分だけの水洗いだったから、さほど時間はかからなかった。


 テレビもない部屋で、少女は親鳥を待つ、巣箱の雛鳥のように僕の様子を伺っている。全てが終わると、時計を見たらまだ五時半だった。


「あたしの身の上話を聞いてくれる?」


 

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