第99話 心中月華
「そうだよ。久しぶり。僕の住むアパートはボロだったけど、死ぬくらいならここにいたほうがいい」
僕がチキンラーメンを啜っていると少女は僕の頬を指差した。
「頬っぺたに汁が付いている」
少女の指摘の通り、頬を拭うと本当に汁が付いていた。
「本当だ」
少女の笑みがようやく零れたので僕は食欲を誘うようにチキンラーメンを啜った。
「顔に付いていたでしょう」
代々木公園での雑談の続きを始めたかったようだ。
「綺麗な顔にチキンラーメンの汁が付いているなんて」
彼女の愛想笑いにもひるむことなく、僕は毅然とした態度を取る。
「僕は綺麗なんかじゃないよ」
自分の顔の美醜をペーパーテストのように査定されるのが、僕の意には適わなかったからだ。
第一、少女の母親の愛人になって身を潔白だと言えるものなのか。
「綺麗だよ。ママが夢中になったのも分かる。あたし、ママがあなたと関係があったことも前々から知っていた。知っていたけど黙っていた。だって、あなたがあまりにも可哀想だったから」
湯気にチキンラーメンが全体を覆い、冷えて麺が伸びてしまいそうだった。
「冷えるよ。麺が伸びてしまう」
話を逸らそうとしたが、少女の関心には歯止めが効かなかった。
「あたし、あなたとママが関係している現場を何度も見ていたの。同じくらいの男の子が好みのママに逆らえなかったし、あたし、あなたにこっそり見惚れていた」
僕はわざと彼女の駄弁を軽く無視した。
薄味のチキンラーメンに戸村の焼肉のたれをムキになってかけ、一心不乱に食べる。
「夏にあなた、うちに来たでしょう。その日は勉強合宿の日だったんだけど、サボってうちにばれないように隠れていたんだ。その日の晩、あなたがママとキスしながらうちに上がり込んでママの部屋で傷つけられていた。あの時のあなたはとても、悲しい眼でママと愛し合っていた。本当は嫌なんだろうな、とあたし思ったの」
もう、空っぽになったのに少女の疑念を振り払いがために、僕はあえて食事を取る振りをする。
ふん、そうか、あの時の現場を見られていたのか。
「学校はどうなんだい? 今日は平日だったけど」
僕は矢継ぎ早に言うと、少女は僕の手を急に握った。
「一緒に死んでくれない?」
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