第49話 烏有に帰す


 姫は死を掌握する死神なのだろうか。


 そうか、記紀神話では磐長姫は人の生死を司る、忌まわしい役目があった、と謂われる、冥土の女神なのだ。 


 姫の意向次第でこんな市街戦だって出没させるのは簡単なのだろう。


 それにしても惨い、と僕は途轍もない怒りに駆られていた。



「何がしたんだよ! だからって、こんなことを」


 今、こうして、世界の至る所で戦争が始まり、多くの罪なき市民が爆撃の犠牲となり、その尊い命を次から次へと落とし、その亡骸さえも戦車に踏みつけにされ、その烏有に帰す、血を吸った大地では、いまだに多くの灰燼に覆われているのだ。


 僕はその無常観に釘を刺す選択さえもできない。



「いくら君に酷薄な運命があったからと言って、他人を傷つけてはいけない。いけないんだよ……」


 母さんも傷を負った身体から、たくさんの強固な忌まわしい力を発動させ、僕にその哀しみを体当たりさせていた。


 僕を殴りたかったわけじゃない。


 なぜなら、母さんはいつも泣きじゃくりながら僕を叩いて、叩き終えると僕に泣きながら謝っていたから。



「今すぐ止めてほしい。僕はどうなってもいい」


 姫に僕は申し出たものの、戦況は悪化の一途を辿るばかりだった。


 多くの抵抗できない市民が口を塞がれ、糊口を凌ぎ、命乞いしようと果敢に闘っている。


 曳光弾が空中に白煙のように閃いた。


 


 思わず、両目をギュッと頑なに瞑っても、悪意の拡散は止まらないように予言した。


 目を開けて僕を待っていたのは多くの名も無き人々の血腥い、遺体だった。


 血だまりになり、喉笛が裂かれ、内臓が文字の記号として、記したくないほど露わになり、有るべきだった肢体はもぎ取られ、この世の有り様としては咄嗟に目を背けてしまうほどの惨状だった。


 こんな酷い仕打ちをなぜ、ここにいた人々が何の因果で報いれろ、と指令したのだろう。



「あなたはその血が流れている故に、この国ではあなたを揉み消すことも出来ぬですよ。あなたはまだ存じないのですか」


 

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