第50話 命の花


 どんな国だろうが、揉み消されていい人がいていいわけじゃない。


「君は何が言いたいの?」


 義憤に駆られた僕の最後の覚悟だった。


「君はとんでもない過ちをやってしまったんだよ。取り返しのつかないような」


 臓腑が灼けるような憤激が僕を襲う。


「君はやってしまったんだよ。人が人を殺めるという大罪を」


 姫の哄笑はケチをつけようがないほど仰々しかった。



「私はあの子とあの方の国の行く末に関心はありませんから。本当は米良の山で籠りたかったのですし」


「ここにいる人たちの、かけがえのない人生と尊重すべき人命はもう二度と戻ってこない。戻ってこないんだ」


「あなたこそ、己の素性を知れば、私に野次を投げることも出来ませんよ」


「それでも、僕は間違っていることは間違っている、と言いたいんだ」


「あなた自身があなたの手でその甚大な秘密を知れば、そんな戯言は口が裂けても言えませんよ」


「秘密がどうあれ、君は間違っている」


「あの方も同じ言伝を仰せました。本当に正義感の強かったあの方にそっくりですね」


 姫の一方通行な発言にも何の必然性はなかった。


 姫が僕の相貌を瓊瓊杵尊、と形容するのは常套手段だったし、姫の野次にもそれなりの秘匿された事情があるからだった。


 それにしても死臭が凄まじい。


 血潮とはここまでして、凄惨に感じるものなのか。


 決して、遠い世界の出来事ではない戦争の前兆。



「戦争はやってはいけないんだ。僕はどうなってもいい。だから、辞めろ」


 僕の中で発した最大限の残忍な抵抗だった。


「僕の命を差し出せばいいんだろう」


 背後霊のように蠢く姫はそれでも、銃撃戦を辞めなかった。


 次々と赤い光線に撃たれる躯に僕は言葉を失うしかない。


 


 酷い。


 あまりにも酷い。


 多くの人が傷つけられ、その命の花をもぎ取られ、千切られ、墓標に葬られるしか、術はなかったのか。


 ああ、そうなんだ。


 この国ではかつて、多くの市民を戦場へと狩り出し、アジア全域に業火の炎の雨を降らせた、凄惨な、決して消せない、過去があったのだ。


 

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