第51話 日向神話、祝子
その火炎瓶を投げ合った、惨状の引き金になった星の神話は紛れもない、醜悪な容貌の姫を拒まれた、あの旭日昇天のようなお方と春爛漫の桜の化身のような姫君……。
その水の流れるように悠久に続く、末裔の御子の言い伝えだった。
その尊ぶ皇の御子が僕の故郷の日向を出立されてから、その東征も真偽さえも疑われ、何もかもが恐らくはこの時代に変わったのだ。
日向に語り継がれる、ささやかな伝説さえも戦後、あの大戦を標榜したとされ、闇から闇に葬られ、今日においても、絶対的なタブー視されているけれども、名も無き存在の僕はその日向神話を語り継ぐ、銀鏡神楽の祝子だったのだから。
「あなたこそ、その宿命からは逃れられないのです。意を決して」
姫の強気な宣告に僕は動じなかった。
どうして、この銃弾は僕には当たらないのか、僕を避けるように火の玉は飛んでいる。
生き残った人がそれに気づいたのか、無我夢中で僕の周囲に群がろうと寄ってくる。
人間は窮地に追い込まれると助かろうとして、何が何でもしがみ付くから、その咄嗟の生存本能に僕は居たたまれなかった。
しかし、僕の周りにしがみ付いた人たちも、銃弾は僕だけを避け、連射した。
血煙が上がり、咽喉からどす黒い血液が大量に出ていた。
僕だけを残して、ここにいる人たちはその尊い命の緒を絶たれてしまうのか。
「いいから、すぐにやめろ!」
僕の叫喚が一斉に放たれると姫が微苦笑しながらこっくりと頷いた。
「あなたの望みはあの方の望みでもありますから」
揺さぶりをかけるように震動に見舞われると、僕の視界は信じられない光景が広がっていた。
先ほどまでの惨憺たる戦場は見る影も失い、元通りの夜の渋谷のがやがやとした雑踏へと変貌していた。
大怪我を負っていたあの人は狼狽える僕を邪険に扱い、振り払おうと急ぎながら快速電車へ向かっていた。
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