真夏の運命論

第52話 鳴神月、死


 あの人は顔が半分裂け、死に目に遭っていた人だったはずだ。


 ああ、良かった、僕の勘違いで、と安堵したのも束の間、引き金となった姫を探し回ると姫は跡形もなく消えていた。


 僕が時計の針が狂ったように、探し回るものだから、周りから痛い目線で見られる。


 息切れしながら姫は、僕に無断で立ち去ったのだ、と知ると、袋の鼠に入った僕はともあれ、ここにいる人たちの人命に何も危害がなかったのだから、とほっと胸を撫で下ろした。


 


 梅雨闇の東京は悲愴感に駆られ、天気痛で希死念慮に襲われた人が、今宵も自ら電車に飛び込んだ、という悲しげなニュースが、スマートフォンから流れていた。


 姫があんな惨状を起こさなくても、戦争がない、一見平和国家とされる、この国では自ら、命を絶つ人が多数いるのだった。


 


 渋谷駅の路線で人身事故が起きたので、帰りの電車に足止めとなり、僕の帰宅は遅れることとなった。


 待たされる暑苦しい構内で、何人かの人が舌を鳴らす人もいたものの、多くの乗客は、明日は我が身かもしれない、と恐怖で慄き、悲痛な顔立ちで、スマートフォンの蛍光色を浴びていた。


 


 遠くで迅雷が鳴る物々しい爆音が聞こえる。


 雷鼓が薄暗い駅構内までにも轟き、そのうち、沛然とした飛雨が降り始め、雨脚が矯激になりつつあった。


 


 人身事故の現場になった、路線で露になった亡骸も霖雨に濡れ、その血の哀しみも、その無情な雷雨は電影と共に揉み消すんだろうか。


 あの現場で自殺者数として冷酷にも換算されていたのはもしかしたら、今こうして、道草を食っていた、僕だったかもしれない。


 


 鳴神月の異名である、六月は自ら、命を絶つ人が数えきれないほど多かった。


 


 六月だけでも人身事故の件数が過去最高を更新した、とネットニュースで流れていたから。


 五月雨を引っ張り続ける、愛逢月になっても、僕もタナトスの死神に常日頃、支配されている空蝉の少年ではあるが、僕は惰性を引き摺ったまま、ずるずると予定調和に逆らうように生き延びている。


 


 篠突く雨が散々、泣き散らす明け方になると、ようやく止み、雨霧と揉まれる、闇路に再開した夜行列車に揺られながら、僕は新宿にある、年季の入ったボロ屋のアパートへ足早に戻った。




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