第133話 複雑性PTSD、夜桜


 さあ、教えてやるよ。


 途轍もなくレアなケース、東大生並みの天才肌の知能指数だって、医者は嬉々としてまるで、新奇の実験動物を初めて、観察したように告げた。


 あれだけ、精神的なショックがあったのに、よく長すぎる検査時間に耐えたと思う。


 知能指数は抜群に高かったらしいが、僕が母さんに刺されたことで、医者は豹変して、医療保護入院を強制し、結果的に僕の将来をさらに潰した。


 


 本当は、伯父さんが高校進学のために銀鏡の地区の人から集金し回ったり、県の救済機関に無利子の奨学金の制度の存在を知ったり、そうやって、何とか工面できると調べてくれていたらしい。


 だが、その計らいも水の泡になった。


 医者は医療保護入院を長引かせ、高校受験の機会を間接的に奪った。


 


 どうでも良かった。


 高校一年生になるはずだった十五歳の春、僕はあの小戸の橘の児童精神科病棟で、新学期と新生活を祝福する、万朶の夜桜を見上げていたのだった。


 


 それなのに解離性障害と複雑性PTSDの診断が明らかになると、それまでの厳格な対応から、通り一遍に手のひらを返したように憐れんだのだった。


 もし、僕が別の診断名、解離性障害や複雑性PTSDよりもマシな精神疾患とされる、病名を名付けられれば、もっと事態は酷薄だったかもしれない。


 


 僕はトラウマティックな魔法のアイテムのような診断名を享受し、何度目かの入院の場合には、仕切りに可哀想だ、と看護師たちは口を揃えた。


 対応さえも看護師たちはやけに優しくなった。


 


 あんなに言葉の暴力で責めていたのに、みんな噓つきは泥棒の始まりなんだよ? と嘆いても看護師たちは僕をなだめ、中には抱擁する奴もいたので僕は毛嫌った。


 僕を性的に虐めたあいつに散々、抱かれて懲り懲りだったからだ。


 そんなわけで、姫の同情票は常識的に考えて普通だった。


 僕が他人事として考えても可哀想だと感想を述べるだろう。



「ありがとう。同情してくれて」


 明日、父さんに会える。人生観が陰陽逆転する。


「君はなぜ、東京にいるの? 妹さんが羨ましいから?」


 僕の疑問符に姫は明らかに自らを蔑視するように言う。


「私に未練などありませんの。あなたがあまりにも不遇だったもので」


 天満月が涼風を連れ、この青い地平を彩っている。


「あなたはもっと、過酷で困難な道のりを歩むのですよ。覚悟はしておいてくださいまし」


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