第134話 小春日和、素性
父さんに生まれて初めて会ったのは、渋谷でのハロウィンの喧騒も終わった、冬初めの神楽月の半ばだった。
木枯らし一号が都内でも吹き、日に日に凍える、底冷えがかじかんだ頬に染みつくような小春日和、僕はあの宍戸さんが借りてくれた、オンボロアパートの前の露地で出迎えられた。
言わずと知れた、都心部のアジールのようなその闇市の名残を留めたような場所に、その黒塗りのリムジンは近隣住人も一時的に野次馬になるほどの場所との違和感があり、乗り込む立場の僕さえも羨むような視線がきつかった。
これで近隣住人には僕の素性がばれたのかもしれない、と土俵を割られながらも、僕は酷く耐え忍んだ。
父さんに会えるという期待よりも、もう、二度と普通の生活には戻れないかもしれない、という不安感のほうが遥かにウエートを占めていた。
執事のおじいさんに指示されて僕はその漆黒のリムジンに乗り込み、黙って主人に従順な召使のように付いて行った。
僕が置かされた状況を少しずつ、呑み込もうと何度も、ゴクリと唾液を飲み込んでいる。
本当はこのSPの執事のおじいさんのほうが今の僕の立場より下なのだ、と目まぐるしく変動する、有為転変に付いていくのがやっとだった。
道すがら、会話も質問もなく、吐き出すような、緊張感が咽喉を締め付け、具合が悪くなって、何度か、心配される羽目になった。
長い国道を通り、恭しく高級ホテルの一角に案内され、高待遇のもてなしをもらい、僕は緊張したまま、手汗を握らせながら、リムジンから降りた。
目の前には皇居の森が見える。その紅葉した多彩な森に、僕はしばしの安心感を覚えた。
銀杏の樹も、紅葉の樹も、楓の樹も、アカシアの樹も、白樺の樹も、あの森の営みに踏み入れれば、誰も排除しない、優しさで訪問者を受け入れてくれるのだろうから。
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