第70話 帝都・帷子時のオルゴール洋館
暑気が蔓延する薄暮の帷子時、僕はその風見鶏が熱風に靡く、妖のブリキ缶のような洋館に入館した。
外壁が赤煉瓦で覆われ、靭葛が壁際に絡まり、よく戦時中に空襲で焼けなかったものだ、と感心するほど、年季の入った洋館だった。
そういえば、神保町周辺は東京大空襲の際、アメリカ軍は稀少価値のある書物がたくさん内蔵された神保町古書街の歴史的価値を熟知し、その人類の恒久的な資産価値のために、爆弾を落とさなかった、と言われている。
神保町周辺の街は焦土と化したのに神保町だけは通り雨のように火の粉が触れなかったのだ、と。
ここでも戦争の余波があったのだ。
この帝都・東京にはあの戦争の遺詠は多く語られているのだろう。
あの空襲でこの東京という街は多くの人が焼け死に、その炭となったご遺体も多くの空き地に運ばれ、無造作に安置され、路上が墓場となり、その躯はこの大都市・東京の血潮の礎になっている……。
「辰一君、今日も暑かったな。汗をかいたな」
白髪頭の宍戸さんが手汗をハンカチで拭いながら以外にも冷房が効いたオルゴール堂で言う。
オルゴール堂の内観は目を見張るものだった。
まず、出合頭に大きな馬車馬の形を模した手回し発電機のようなオルゴールがあった。
取手を回すとオルゴールが鳴る仕組みの大型オルゴールだった。
表面にはスカイブルーの銀漆器が微細に施され、アクセントとなった菱形の飾りが至る所に付着していた。
「このオルゴールは和蘭から輸入した一品なんだよ。戦前の大正末期に日本に運ばれ、友好の証となったんだ」
案内人は純喫茶・ブルームーンのマスターだった。
「ここも経営されているんですか?」
マスターはそうだよ、と頷いた。
「ここはブルームーンの別館でもあるからね」
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