第69話 オルゴール堂・君影草


 篠笛をサボり気味だった極暑の夏季休暇、僕は宍戸さんに連れられ、片陰にあるオルゴール堂に出かけた。


 そのオルゴール堂・君影草は神保町のスズラン通りの真下にある隠れ家的なスポットとして、コアな古美術ファンに慕われていた。


 


 流行に敏感な風流人に指示される、オルゴール堂・君影草に到着したとき、夕闇が迫り、路地裏にあるその古風な洋館はまるで、魔女が住む森のお菓子の家みたいに見るからに輝いていた。


 立て看板にはローマ字で『KIMIKAGESOU』と漆塗りのプレートに白い文字で書かれてある。


 街頭の庭には白いカサブランカや雑草の水縹色の露草、サーモンピンクの百合水仙、フェミニンな薄桃色のグロリオサ、菫色のクレマチス、山吹色の金魚草、桜色のカンパニュラ、末紫の桔梗、暗紫色の蝦夷菊、曙色の向日葵、水色のデルフィニウム、真紅の炎のような鶏頭、真夏に咲く、緋色の薔薇が咲いている。


 


 ここだけ、都心のど真ん中なのに万緑のオアシスになっていた。


 


 当の君影草、鈴蘭は……、咲いていない。


 なぜなら、君影草は初夏に咲く花だからだ。


 母さんも僕と同じく、初夏生まれだった。


 僕は七夜月の星合、すなわち、七夕の日に生まれ、母さんは早苗月、ゴールデンウイークも終えた木の芽時の若葉萌える、聖五月に生まれた。


 


 先ほど、驟雨が降ってきたので晴れ渡った空から夕立雲が鮮明なカラー写真のように見えた。


 神通力で汚れを落としたように外光が透明な東京百景をもたらした。


 この暮色蒼然とした、神保町界隈を聖なる夕立風で浄化させる。


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