第71話 月下美人


 隠れ家のようなオルゴールの館。


 からくり人形を動かす道化師のように僕はそのオルゴールの螺子を回して遊んだ。



「素敵ですね。僕はこういう西洋館の華やかさがすごく好きなんです。嵌め込まれたステンドグラスも本当に綺麗ですね」


 上層部に嵌め込まれたステンドグラスに十六夜月の空、月下美人のほとりに座る少年の光景が描かれている。



「まるで、君とよく似ている少年だ。月下美人に泣き咽ぶ少年像が」


 マスターがしみじみと懐かしむように言う。


「前に君によく似た青年の話をしただろう。実を言えば、その青年と私は親しくしていたんだ。青年の名前は義彦と言ったが彼には重大な秘密があったようで、いつも私にはその胸の内を話してくれた。いつも憂いのある顔立ちで珈琲を飲んでいた」


 マスターがあまり深入りしないほどの男性が僕の父さんなんだろうか。



「君は線が細いけど、信念を貫くような透き通った眼をしている」


 オルゴールの音色が寂しげに淋漓と館内に響いていく。


「君は余程、辛い思いをしていたんだね」


 風の又三郎のように僕はどこ吹く風でオルゴールの螺子を回し続ける。



「辛くはないですよ。貧乏だけどそれなりに生活していますから」


 オルゴールの楽曲は確か、スコットランド民謡の『グリーンリーフ』が流れている。


 切情を綴ったスコットランド民謡はスコットランドの荒れた大地を思わす、音色だった。


 荒城の塔で巡礼者の少年を恋い慕う少女のような、気まぐれに僕は想いを重ねる。


 数多くあるオルゴールの中に銀星をあしらった可憐な小箱を見つけた。



「これ、何ですか」


「ああ、これはボンニエールだよ。昔、うちに感謝として承ったんだ。確か……」


 その白銀でできた小箱は一見すると普通の店舗でも売られているような小箱だったが、何より光沢が輝きの中にある影さえも導き、それが何よりの本物だと分かるくらい、銀箔がしっかりと包まれていた。


「前に話しただろう。昔、よく来訪していた青年の話を」


 

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