第120話 春の夜の夢の如し


……君との切ない逢引きも、とある春の夜の夢の如し、泡沫の人魚姫の悲話のように感じられた。


 終末を追いかけるように毎週金曜日に君と出会い、純喫茶で君との長会話の交流を育むと、君を愛おしむように君の住むアパートで一夜を過ごし、明くる朝まで秘め事のシンボルである、星月夜の語りを紡いだ。


  互いに孤独を縛るように僕らは二人の恋の旅路に手を連れ添い、煮え切らない孤愁を埋めていた。



「嫁入り前の私がこげんな卑しいこと、やってはいかんとよ」


 震えるような声で身を引く君を僕は純潔を奪うように素早くキスすると、君もじっくりと耐え忍んだ。


「初めて?」


 冗談めいて尋ねると君は首を傾げたように震えた。


「今どき、そんな」


 僕が指図するように示すと、君の唇に残っていた、苦く甘い珈琲の匂いが僕の口の中にも移っていた。


「君はまだ、固い蕾のままだ」


 僕のジョークに君はやっとのことで平静を取り戻し、緊張気味にまばたきしながら、切ないキスの味を噛み締めている。


 そんな純情な君が僕には形容しがたいほど、麗しかった。


 


 君と添い遂げるまで世界がたとえ、終わっても君を探し回り、君の面影を辿り、君を伴侶として老いらくまで余生を過ごせたら、どんなに幸せなのだろう? 


 そのささやかな幸せが僕の皇籍によって、大きな妨げになっていることに僕は一刻も早く蓋をしたかった。


 


 僕の身体に流れる血はこの国の歴史を象っている、と半ば、強引に多くの臣下から尊ばれている。


 僕の一族をむやみやたらに攻撃する一派もあれば、僕らを現人神のように崇め奉り、(実際、戦前まではその事実は無碍にできない、絶大なる禁忌だったわけだが)その反面、触れたくもない、菊タブーとしても、世間一般からは見られていた。


 

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