第103話 夕影のほとり
僕の暮れの春の陰のある証だって、絶え間なく動き、疼き、慄き、傷つき、ひりひりと青春期らしい、蠢動を持ち合わせているのだ。
僕は僕自身が若さを持て余している、一介のつまらない、少年だと少女の幻惑めいた、眼差しを様子見て自覚する。
だけど、これ以上、傷つけたくないんだ、と僕の中で恨み嘆く声が木霊する。
少女と一時的に関係を持って、少女の心身に著しく負の痕跡を残してはならない。
僕の中の正義感が鼓舞するように僕は拒んだ。
「君を僕は傷つけたくない。だから、君は……」
本当は少女の母親といじらしい、真っ赤なルージュを残すような、関連性を持ち合わせたくはなかった。
後ろ指を大いに差されるような、不適切な、そそり立つような関係を築きたくはなかった。
義務的に彼女に媚びて、一時的な暑苦しい快楽に染まって、情事に促されるまま、僕の中に微酔する、陰陽を反転させたけど、僕にもまた、人並みの壮絶な、後悔はあった。
僕が突っ走った過ちは消せない証印となって、僕の人生の構図を水浸しにさせるだろう。
彼女と迫られた関係性のせいで、己の出自も暴露させられたのだ。
知りたくなかった僕に埋め込まれた、最大限の秘密裏を。
誰もが羨むような出自の誉れを。
「僕は女の子を傷つけたくないんだ。君のママみたいに」
僕の偽りならぬ本音だった。
「君は君が思うほど、ぞんざいな存在じゃないんだよ」
白秋の夕影に少女はがっかりしたようにセーラー服を正し、僕を小さく、ペロッと舌を出すような眼の色で僕に話しかける。
「あたし、ママがあなたを傷つけてからどうしようもなかったんだ。ママが同い年くらいの男の子を抱いて、あたし、すごく悲しかった」
彼女は娘と年齢の変わらない僕を虐待していたようなものだった。
よく、匿名化された多数派は僕らのような人間を罵倒し、軽蔑し、揉み消すことばかり世間に訴えているが、僕だって彼ら/彼女らと同類なのだった。
「でも、ママに抱かれているあなたは地下牢に幽閉されたお姫さまみたいに綺麗で、切なくて、この世界の全ての哀しみを背負っているような子だ、と思えた」
幽閉されたお姫さまか。
哀しみと僕は常に相席しているのかもしれない。
「あたしはあなたの蒼い瞳が好きだった。移ろう世の中の哀しみをずっと見ていたような眼をしていたんだもん」
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