第96話 目撃者


 うら若い少女の声が混濁する意識の中で耳朶に響いた。


 途端に彼女の絞め付けが緩み、首に巻かれたロープが自由になると、僕はそのロープを脱ぎ去り、慌てて、ぐしゃぐしゃに折って捨てた。


 目の前にいたのはいつか、代々木公園で会った、あの少女だった。


 少女はセーラー服姿のまま、また、今日もサボタージュしたのか、呆然となりながら、僕らの淫靡な光景を見ていた。



「ママ、何をやっていたの? その男の子、殺そうとしたの?」


 顔が真っ青になるのは僕のほうではなく、論壇時評では一世を風靡する、知識人の北崎ゆかり女史のほうだった。


 娘に僕らの淫乱な関係性を目撃されたのだ。


 しかも、半殺しにさせられた場面を盗み見されて、娘である少女はかなり動揺し、精神状況が破産の寸前まで達している。


 


 彼女のほうは何を言い訳していいのか、分からず、一糸纏わずの素っ裸のまま、泣き叫び、何度も謝罪している。


 謝罪していた相手も、当の本人の僕ではなく、娘のほうばかりに気をかけ、狂乱したようにフローリングの床に倒れ込んで謝っていた。


「違うの、違うの。澪。ねえ、信じて」


 大粒の涙目になった、北崎ゆかり女史を見るのは実を言えば、これが初めてだった。


「ママは何もしていないの。法律に違反するような悪いことはしていないから」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る