第108話 星への旅
「美味しい! ここ、好き。あたし」
少女が素直に讃嘆し、僕の心も曇天から曇りない秋晴れへと変えさせる。
「良かった。元気になって」
二度しか会っていない事情もよく知らない少女になぜ、僕はこんなにも気を揉み、介抱するのか、よく分からなかった。
「クリームソーダの泡が頬に付いているよ」
僕が注意すると、少女は恥ずかしそうに手の甲で頬に付いた泡を拭った。
「本当だ。さっきの恩返しだね」
溶け合ったクリームソーダにステンドグラスが飾られた壁際に反射し、絶え間ない、陽炎のように揺れている。
遥か彼方に浮かぶ天空に月の都、僕らは月面図に散らばった、月の欠片と接吻し、その清らかな若さを持て余し、こうやって、夜伽を送るのだ。
僕がなぜ、僕を傷つけた彼女の娘に懇切に親しくするのか、きっと、それは少女の心の月を見てしまったからだ。かぐや姫のような男心を翻弄する、少女に僕は窮してしまっている。
「大人っぽい君たち。知的な夜を過ごしているね」
マスターが褒めちぎるように言う。
少女がクリームソーダに夢中になっていると、僕は骨休めに文庫本を取り出し、月光読書に勤しんだ。
「何の本?」
少女は大学教授の娘らしく、本の著名を見ようと覗き込む。
「吉村昭の『星への旅』。喪失感のある、サウダージな文章だ。君も興味があるかい?」
流氷の上の月や星へ旅立てたら、僕も妄執を捨て去ることが可能かもしれない。
愛情失調症の真如の月の晩、僕はカウンターカルチャーから駄作と評された、アマチュアの詩編を愛し、お気に入り登録を人差し指でタップする。
ちょうど、次々と流れる、動画サイトで夜光音楽を奏でる、切情なボカロ曲をリピートするように。
「あたし、星が好きなの。星の写真やイラストもスマートフォンにたくさん保存している。実は綺麗なイラストのモチーフには星が多くて、そこに描かれている少年は、まるで、今のあなたみたいなの」
電脳空間に浮遊する、オアシスの絵画を僕も何度か、検索し、癒されたことはある。
少女の趣味も僕の趣味と共通性があるようだ。
もっと、時間が早ければ、このあたりの美術館に足を延ばすことも意に適ったわけでだが、少女と僕はこのムーンストーンの宝石箱のような純喫茶で夜遊びを鑑賞するのだ。
「星への旅。どんな小説?」
僕はからかうように少女の耳元で囁く。
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