第107話 青いスピカ、クリームソーダ
「おや、辰一君じゃないか。どうした、こんな時間帯に」
マスターの気さくな声が耳に入った。
「ここ、座ったら。代金は僕が奢るから」
少女はカウンター席に座り、委縮気味にその席で僕に話しかける。
「マスターは優しい人だよ。すみません、クリームソーダとブルーマウンテン、一つずつ」
マスターは注文を受けて、足早に準備した。
釣り鐘草の形をした照明が震えがちに僕らを照らしている。
日々爽やか、秋の色を封じ込めた純喫茶は夜長でさえも似合う。
カウンター席の隅っこに活けられた彼岸花が一輪、菊文様の藍色の江戸切子の花瓶に挿し込まれていた。
妖艶な美女のような彼岸花は僕らを夜の踊り子として、誘拐しようと企んでいる。
珈琲を沸かす、サイフォン式ドリップの芳しい音、透明なグラスが宙と触れ合う清冽な音、沸かした珈琲が鈴蘭柄のカップに並々入る、黒い海の波打ち際の音、僕はここに来店するたびに日々の澱みを濾過し、その澄んだ岩清水のまま、この社会にまっとうに生きたい、と思うのだ。
少女もまた、初めて味わう、大人の休日俱楽部に期待が入り混じっているような喜びに満ちたような顔をしていた。
ようやく、青々と生気に漲った、クリームソーダが出来上がったようだ。
青いスピカのようなクリームソーダは秋の夜長に眩い、サファイアブルーに輝き、頭上に載ったアイスクリームが氷山の深雪のようだった。少女の歓声が店内に響くと、少女はスマートフォンで何度も、クリームソーダを連写する。
「溶けちゃうよ。早く食べないと」
僕が頼んだ、ブルーマウンテンブレンドの珈琲も出来上がり、湯気から和やか時間を思い起こす。
少女は十枚ほど写真を撮り終えると、溶けそうになった、クリームソーダをスプーンでつつき、その甘い味を小さな口元で味わった。
竹製のストローで飲み込み、偽りのない笑顔で瞼を大きく開かした。
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