第79話 燕去月、夕刻
その話が進展したのは晩夏になった燕去月の晦日だった。
八月の末になったとはいえ、まだまだ猛暑が続く東京では打ち水しても何の効果はなく、大量の汗が路面を歩くたびに噴き出す、酷熱が東京を支配していた。
あの成金青年のほうから、連絡があったので何事かと思い、彼に呼び出された僕は昼日中の炎熱が残った、いつもの公園に向かった。
夕月夜、黄昏が迫った夕刻の公園ではみすぼらしい、錆びだらけの滑り台が申し訳なさそうに立っていた。
「君さ、君のお父さん。まあ、国会で居眠りしている、生半可に仕事する総理大臣も驚く、すごい人だったんだよ」
成金青年の眼の色がいつもとは違い、豹変、という語句が相応しいほどだった。
常に僕を憐れむような、軽蔑するような、思わせぶりな感じの悪い眼で見下していたのに、今回のそれは高みを羨むような嫉妬の気配を覚えたからだ。
「君、あのボンニエールってどんなお方が下さるか、知っている?」
僕はあまり、あのボンニエールについて、そんなに関心がなかったから、首を横に振った。
きっと長年、愛されていた綺麗な骨董品なんだろう、とは思っていたものの、父さんが大事にしていた宝物かもしれないと思う気持ちが勝り、どんな物かも詳細に知る関心もなかったのだ。
「あれを見せて、呑気に俺に見せた君は、さすがにすごい度胸があるな」
成金青年の沸々した会話に僕は見縊っていた。
「あれ、ボンニエールって君は言っただろう。ネットでそれを調べれば、君の出生の秘密は一目瞭然だ」
何を言っているのか、分からない。
「君のお父さん。とある宮家の皇族の血を引いている人なんだって」
成金青年の声音がとうとう、弱者をいたぶる、一本調子ではなくなったのを機敏に僕は感じ取った。
皇族、というワードに特にその赤い嫉妬の焔に強く込めていた。
「君さ、前に神楽舞をやっていただろう? それも、そのお父さんの影響?」
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