第7話 星の名前


 彼女が唐突に質問したので、僕はいきなり、虚を突かれた。


 濁音を飲み込むように首を横に振ると、彼女は見据えてように、ヒヤッとするような緋色で、染まったワイングラスを突いた。



「私は分かるのよ。本当は他の生徒より、遥かに優秀なのに、親から恵まれていなかったばかりに進学を断念したような、賢い子供の顔色が。あなたはこの世にある、不幸を背負っているように取り繕っているけれども、本来ならば、親さえ、まともだったら、余裕で名門大学に進学できたのに、そのせっかくの賢明さを、取り零してしまったような、浮かない顔をしているの」


 彼女の雄弁な主張も、僕の耳にはまるで、入らなかった。



「絶望なんて勘違いよ。私が少しだけでも、工面してあげるわよ」


 彼女は社会的な貧困問題や格差の是正、自死家族への支援に対して、激しく訴える論客として、その自由主義の界隈では、取り分け、名だたる著名人だった。


 昨今では、フェミニズム問題にも言及し、女性の職場での処遇改善にも熱心で、辛口のコメンテーターとしての彼女を、テレビやネットニュースで見かけない日はなかった。


 著書も多数執筆し、そのテーマのほとんどが貧困層への喫緊の課題を提示しているものばかりだった。


 


 僕も彼女の書物を本屋で、一読したことはある。


 感想は特になかった。


 


 ふん、それでも、口先ばかり、綺麗ごとを言う彼女から、僕が性的に搾取されようとは、予想はできてはいなかったけれども。


 要するに男妾になれ、と暗黙の了解を強要されている、と瞬時に理解した。


 ああ、これもまた、あの成金趣味の青年の差し金だったのか。



「名前は何ていうの。これから、長い付き合いになるのだし」


 嬉々とした、彼女の面映ゆい表情から、逃れられない茨道の旅路へと侵攻しているのだ、と多少なりとも理解した。


「銀鏡辰一」


 

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