第6話 限度の閾値
キーがないと、訪問者を辞さないバーなのだから、余程、セキュリティーが確保されているのだろう。
僕の心中は限度の閾値を超えていたから、これから先、その生命が絶たれたとしても、何の苦悶を覚えなかっただろう。
バーに入室すると、店内には誰もおらず、閑散としているように思えたら、奥のカウンターに一人の妙齢で、銀星のブローチを付けた、黒いスカーフを首に巻いた、空気を女性が陣取るように居座っていた。
彼女こそ、現代の論壇において、一世を風靡している、女性論客の北崎ゆかりだった。
昨今では、フェミニズム問題を皮切りにあらゆる社会問題について、ソーシャルメディアに向けて、発信している活動家でもあった。
性犯罪撲滅のデモにも活発に参加している、彼女に会えるなんて光栄じゃないか、と淡い期待が収束もなく膨らむ。
邪推に満ちた、期待感に胸を躍らせていると、僕は恭しく、カウンター席の目前にある、椅子に腰掛けた。
理知的、と名声高い彼女と目が合い、彼女の眼には浮ついた、欲情が見え隠れしていた。
女狐のような女性教授のその人は、厚化粧した頬を窪ませながら、慣れない場所に座ったばかりの、ぎこちない僕の肩に馴れ馴れしく手を回した。
「あなたみたいな男の子、好みなの」
高飛車に見える、好み、と言い放った彼女の目線から、無一文の僕にどうやら、欲動の資金としての潤沢な施しを決行しよう、と企んでいるのが透けて見えた。
こんな夜更けに高級クラブのバーで呼ばれた経過も、その行く末に無理を言っているわけではなかった。
「あなたは子供の頃、本当は優秀だったんでしょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます