第105話 純喫茶・ブルームーン
神保町の行きつけの純喫茶・ブルームーンに到着する頃合いになると、すっかり宵闇に包まれ、夜の娯楽が始まろうとしていた。
僕らはお互いの傷を舐め合いたくはなかったから、馴染みのマスターと夜を過ごそうと思った。
少女は神保町駅を降りるなり、行き場所を具体的に告げていなかったので、甘い期待感を込めて、機を伺うように何度も僕の耳元で囁いている。
「このまま、死へ急ぐの?」
不吉な願い事は僕の襞にも死への欲求を与える。
「着いてから君の悩み、聴くから」
満員電車に揺られながら、僕らは少年少女として、周囲の羨望のような目線を浴びる。
高校生の男女が放課後、デートとして幼気に可愛らしく、邂逅しているのだ、と思われているのだろう。
僕らは健全な少年と少女として、この電車内で密接に移動しているのだ。
密室で僕らが逸脱するより、老舗の純喫茶・ブルームーンでマスターと世間話を交わすほうが余程健全だった。
神保町に到着すると長月の秋夕焼の幻日の下、多くの古本が西日から避難し、中にはビニールで覆われている本棚もあった。
いつもの神保町の穏やかな光景だった。
少女はこんな場所に来たことがなかったのか、連れられた僕に挙動不審に身体をすくめている。
「ママの大学の近く。ここ」
この一帯は一流大学が軒を連ねている学生街だから、それもそのはずだろう。
少女の不安を牽制しながら僕は彼女に優しく声を掛ける。
「ブルームーンは落ち着ける居場所だから。珈琲だけじゃなくて、今どき、流行りの昭和レトロなクリームソーダも自慢なんだ」
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