第129話 半月、淋漓たる不安


 整然と並んだ年月を託した古本を重箱の隅を楊枝でほじくるように隅々まで見渡すと、僕の荒んだ心はヘドロの海から岩清水へと濾過され、落ち着きを払っていく。


 帰り際にブルームーンによって、マスターの仕事ぶりに感心しながら耳を傾ける。


 


 その秋の風の淋漓たる不安に。


 彼岸花もすっかり枯れ、道端の塀に生えた木立から金木犀の芳しく、何とも言えない匂いが僕をさらった。


 何を? 


 そう、僕の鬱屈した将来性への期待感を。


 


 野良猫が路地裏で日向ぼっこしている。


 長閑な風景だ。


 僕も君のように毎日悩みもなく、生きてこられたら、どんなに肩の荷が下りるだろうか。


 神保町界隈を歩く昼前には常にあちらこちらから、カレーのルーの匂いが運ばれていく。


 旅猫のような野良猫はカレーの匂いには目もくれず、近づいてきた僕を見計らって逃げた。


 


 父さんの苦悩に姫が見せた悪夢によって、それを機敏に感じ取って、狼狽しただけだ。


 それに尽きると僕は苦衷の海に溺れていく。


 今夜のご飯は奮発してカレーを安いところで帰り道、道草して久方ぶりに外食しようか?


 


 淡く麗しき神楽月の候の月影の下、僕はため息をつきながら、万年筆の青いインクを零したようなベンチの上で横になっていた。


 木枯らしが吹かれ、凍えるような厳冬に僕は焚火を浴びたいのに我慢して、芋虫のように膝を曲げながら丸くなっていた。


 月冴ゆる、銀杏並木がカーソルを下げるように、その黄葉した落葉をぶら下げ、地面が見渡す限り、黄色の栄光極める絨毯になっている。


 今宵の月は空前絶後な、雪渓のような色合いの凍てつくような半月だった。



 弓張り月、それも、上弦の月。


 僕の不振を残酷な弓矢で、番えそうなまでの冷たい夜風を孕む月。


 公園内は街外れのように閑散の地へと散り、独りぼっちのブランコは、冷涼な小夜風に吹かれ、目的を失ったかのように宙をさ迷っていた。



「知り得ましたか? あなた自身の秘密を」


 小夜中の薄暗い、物静かな公園に現れたのは紛れもない姫だった。


 

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