第45話 柳暗花明


 どこで岐路は分かれ、両者が果てしない方角へ行くのか、この場を借りて思うのだ。


 あの宮中外殿で祈りを捧げていたのは、ひょっとしたら、姫の末裔だったかもしれない、銀鏡で共に笑った名も無き僕らだったかもしれない。


 所詮、所定の運命の巡り合わせなんて刃毀れのように分からないものなのだ。



「どう足掻いても変わらないよ。僕らは残酷な運命に耐えるしかない」


 柳煙に揉まれながら、僕は僕自身に言い聞かせるように姫に告げる。


「あなたはご自分の運命を妨げるような、傍若無人に呪詛は致しませんの?」


 僕を執拗に取り巻く、姫には瓊瓊杵尊と木花開耶姫に対して、その寿命が縮むように呪詛した、という逸話が後世にも残る。



「しないよ。僕にはそんな不可思議な魔力なんて皆無だから。僕は一介の負け組だし」


 同調めいて呟いても、姫の抑揚のない平坦な愚痴に変わりはなかった。


「呪詛を吐こうとも、この国の行く末に何の影響はございませんでしたが」


 瑞々しい柳陰の下、姫の潤んだ両目に七夕の小糠星の余剰な影が差し込んだように見えた。



「君は僕をからかいたいの? 僕は君を見捨てた御柱でもないのに?」


 姫の瞳の奥がここぞとばかりに煌めいた。


「いいえ、あなたはあの方によく似ておられるのです。その切っ先のような一重瞼や眩いばかりの雪肌、程よく均整の取れた細身の体躯や黒筋揚羽蝶の触覚のように長い睫毛……。あの方と私が初めて対面したとき、それは美しゅうございました。あの方の周りに光琳が差し込み、あの方が息を吹きかければ、どんなに粗末な野花も千紫万紅となり、物珍しい徒花となるように……。あの方はそれほど、本当に麗しゅうお方でした」


 青柳が揺れる木の下で、眉をひそめるように言う、姫の言い草に嘘偽りはなかったように僕は感じた。



「僕とは関係ないよ」


「私には分かります。あなたの素性が」


 今宵は星合なのに仲間外れの僕らは九段下の千鳥ヶ淵の小広場で雑多に過ごしていた。


 柳暗花明の下、僕らは口づけを交わす恋人でもないのにその夜半の夢想と戯れていた。



「僕の素性って?」


「私は何もかも知っているのです。あなたの秘密も、この国の行く末も」


「秘密って何だよ。こんな僕に秘密なんてあるものか」


「あなたにはとても大きな秘密があるのですよ。あなた自身でも抱えきれないような」


「教えてくれたらいっそ楽になれるのにね」


「私にもその果報は分かりませぬから」


「果報って何だよ。こんな惨めな僕に果報なんてあるわけないじゃないか」


「私からは意地でも教えませぬ。ほほほほ。あなたはやはり、あの方にそっくりですね」


 青葉隠れした、枝垂柳が生暖かい黒南風に揺れる袂で、姫の途方もない譫言には、眩暈が発現するほどだった。


 


 仮に姫が令和の、日本社会の人となりとして変装し、人混みに紛れ込み、選ばれし者の正反対の有象無象の人影として、振る舞っても何の錯誤性は、ないように思えた。


 

 

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