第91話 生死


 急先鋒のリベラル派らしい、彼女のお家芸の舌鋒だった。


 ここに来て、彼女は僕を一網打尽に切って捨てるのだった。


 大型の鋏でザクザク、と僕の皮膚を切りつけるように、彼女は僕の培った固定観念をぶった切る。


 


 母さんは発禁処分されたような、悪書のシナリオ通り、裏表があり、二重舌の、高校教師のしがない男に引っかかって、その結果、僕はそいつから性的な玩具として散々、夜の底までゆっくりと遊ばれた。


 


 母さんはその惨事がきっかけで東京から逃げ出し、夜逃げした配流先の銀鏡で、中学生だった僕の左腕を刺して、拘置所送りになって、不起訴処分になって、とある閉鎖病棟にもう、何年も入院している。


 見舞いくらい行けば、良かった。


 母さんが面会を謝絶してしまったから、それは到底、無理だったけれど。



「この政治的なイデオロギーには、隣人愛に照らし合わせれば、タブーなんてないと思うの。人間は全てにおいて平等だと思うし、それはSDGsとして、全人類が達成しなければいけない目標なのよ。あなたという存在は、その人類の崇高な目標に水を差している。あなたがいるだけで、矛盾を無理やり炙り出そうとしているの」


 彼女の長すぎる、見解に僕は辟易とした。


 要するに僕がこの世の中で生きているだけで、世界平和が安定しないから死んでほしい、と遠回しに勧告されているように、僕は俊敏に感じ取った。


 


 社会の不幸な事例を引き合いに僕の生死をなぜ、一人の人間の分際で制裁しないといけないのか、彼女の優しげな峻烈な主張の言葉尻に、ある種のナチス政権が酔心した、優生思想を汲み取った。


 ナチスが推し進めた、あの優生思想はリベラル派を崇め奉る、彼女にも無縁ではなかったのだ。



「僕に死んでほしい、という意味ですね。先生」


 巧みな言葉尻を捕らえようと僕もすぐさま、反論する。


「先生は僕に何をしましたか? 先生がやったことは、立派な児童買春です。僕が警察に訴えれば、先生の地位や名誉なんて一瞬で吹っ飛びますよ」


 僕は悪くない。出自で差別されて、この憲法下で揉み消されていいわけがない。


「それか、週刊誌にだって、情報を垂れ流しにしてやってもいいんです。僕は失うものなんて何もないし、僕自身は生まれて、今まで十六年生きてきて、周囲の大人から何も与えられてこなかったから」


 彼女の苛立ちに歯止めは効かなかった。


「あなた、私のことを馬鹿にしているの?」


 その凄惨な口調はどこまでも冷淡だった。


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