第21話 春燈少年、妓楼部屋


本来ならば、高校一年生だった筈の僕の青春は、こんな都会の片隅のような翳りと、微睡する春夕焼の汗牛充棟の書庫と桃花酒に溺れた、妓楼部屋で現を抜かしているように思える。


 


 もし、高校生活を送れていたら、僕はどんな高校生だっただろうか。


 大学受験に向けて勉学を重ね、定期テスト対策をばっちりして、部活動にも精進し、せめて、日向の国に残した、弔辞のように躊躇う、螢火のような君と、この青春の風を共にしたかった、と思う。


 それも、叶わぬ胡蝶の夢だった、と口角はずるずると下がる。


 


 月弓、すなわち、三日月のような君の恋文を僕は忘れないし、忘れられない。


 君は曠野に咲く、蒲公英のように控えめに咲いていた。


 本当ならば、綿毛として、大空へ飛ぼうと希っているのに、不安感に駆られて地上にまだ、咲かせるしかない君。君は青春の碧空に飛びたくても飛べない、雛鳥だった。


 


 君と一生を共に出来るならば、僕はどんなに大事な信条や事物を手放し、君と添い遂げるだろう。


 書庫での整理に突き進むと夕闇が迫り、風薫る小夜風が僕の頬を揺らした。


 


 あんなに見事だった、月娥を待つ、春夕の下の藤の花ももうすぐ、歳月を許せば、気付かないうちに朽ち果ててしまうのだ。


 


 有為転変は世の習い、誰もが歳月人を待たずのわけにはいかないだろう? 


 


 藤の花を真心の奥底に置き忘れた僕は、宍戸さんの合図に気づくまで、春燈の下、その太古の夢幻のアレキサンドリア図書館のような書庫棚に囲まれ、一途に孤独と仕切りになって耐えていたのだった。



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