第115話 細石
たとえ、一時的な目くらましだったとしても、人の心を弄ぶのは断じて許されない。
僕は激憤に駆られ、姫を糾弾した。
「君はこの国の人たちを傷つけたいのかい? 君自身がたくさん傷つけられたのに?」
姫の悲劇的な、遠くを見ているような眼差しに僕はぞっと身の毛がよだつ。
「私は己が背負った不幸を他人にも押し付けるべきだと思うのですが。一切衆生、生まれたばかりの嬰児も苦しむべきなのです」
姫はあまりにもの、背負いきれない哀しみのせいで言動に迷いが生じているだけなんだ。
母さんも同じように周りの人の幸せを妬み、呪い、良心を押し殺し、泣きたい衝動さえも蓋にして、その悪夢に浸るしか、平常心を押さえられないときがあった。
昼夜を問わず、前触れもなく、不都合のように発作が起きていた。
「少女をたぶらかしたあなたが赦せないのですよ、私は」
「あたし、辰一君のこと嫌いじゃないもん!」
少女が遮るように叫んだ。
「あなた、何よ。こんな酷いことをやって後悔しないの? たくさんの人を死に追いやるようなことをやって、嫌だと思わないの?」
姫は不屈に笑いながら同じように叫んだ。
「私はこの国の御歌にもなっているのですよ。細石とは私のことです。千代に八千代に、苔の生すまで、とは何とも皮肉ですね。私は怨恨の死を招き入れるのに」
少女が血相なまでに顔色を変え、僕に、御歌ってあの国歌のこと? まさか、あの『君が代』のこと? と言う。
「そうだよ。君が代の細石とは磐長姫を差すんだ。ここにいる姫は、僕の生まれ故郷の銀鏡ではひそかに語り継がれた山の姫だ」
「あの人、顔がメチャ醜い」
少女が捨て台詞のように言い放った一言に姫の怒髪天を突いた。
「その少女、黄泉の国へ余程、待ち焦がれているのですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます