第111話 月宮の舞、夜に駆ける


 少女が僕の一人剣の舞をじっくりと見定めるように見ている。


 少女がスマートフォンで動画を撮っているのもお構いなしだった。


 ひょっとしたら、少女のアカウントにでも、アップするのかもしれない。少女の偶像崇拝は紛れもない僕。


 


 優越感に浸りながら僕は足を巧みに動かし、両手で宙に月下美人の大輪の花を咲かせ、くるくると空中ブランコのように舞う。


 固いコンクリートの上であっても足さばきは怠らない。


 鬱屈へと前進しながら僕は月夜の街へとさ迷う。


 


 僕は月宮の舞を捧げ終えると、月卿雲客の必須のアイテムであった篠笛をバックから取り出し、三日月のように冷えた唇に当てた。


 篠笛を月に向かって吹きながら歩くと、月光を浴び、清々しい心持へと振る舞えたような気がした。



「あたしが好きな曲、吹ける?」


 少女が問うと僕は少しなら、と告げた。


「夜に駆ける、吹ける?」


 僕ははっきりと頷いた。


「希死念慮がある夜によく吹く曲なんだ。練習するのにはちょっと難しかったけど、……だから、吹けるよ」


 僕は少女を死神への誘惑をする。


 月明りを浴びた摩天楼を見下ろす、屋上の上で『夜に駆ける』をしとどに吹く。


 その嚠喨たる音色は月桂が浮かぶ天空の彼方まで轟くような気がした。


 


 少女が見惚れたように僕を見つめている。篠笛が佳境に入り、『夜に駆ける』のサビのパートを吹くと、青くライトアップされた東京スカイツリーが一度、消灯し、パッと夢花火が開くように虹彩に照らされた。


「幾人もの少女や年増を両刀使いに愛して……。あなたはやはり、あの方と同じですね」


 そのしゃがれた声に僕はハッとする。


「あなたは魔性の少年。私たち女人を惑わす魔性の少年なのです」


 

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