第125話 静謐


 女児だったら君が育てられたかもしれない。


 それとも、僕が誇り高い両親を説得させて、婚姻し、親子水入らず、ささやかに生活できたかもしれない。


 それも今では架空のお伽話になった。



「不注意って、この子には罪はないでしょう? 赤ちゃんがいるって分かったとき、私はすごく嬉しかったの。やっと義彦さんと一緒になれると思って」


 君の期待を見事に打ち砕くように僕は遮った。


「その子が生まれたら、僕の両親は君からその子を取り上げるだろう。僕の家元で育て、僕は君とは違う婚約者と政略結婚させられて、君とは永遠に会えなくなるだろう。そして、その子は君とも永遠に会えなくなる」


 早く、僕の両親に事情を話して、君の家に伝わる、星に祈りを捧げる神楽を話せば、理解してくれたかもしれない。


 釣り合わないとか、家柄が違いすぎるとか、細々としたチェックも入らず、僕の一族が体現していた精神性の象徴である、神楽舞を奉納する君の家なら、反対されずに済んだかもしれない。


 僕にはあまりにも自信がなかった。あの話しかけづらい両親に君を紹介する勇気がなかった。


 


 その昔に一度、一族総出で、若竹に木漏れ日が揺らいだ、伊勢神宮の内宮に参拝して、参列した幼かった僕が泣き出したことがあった。


 あまりにもの絶大なる厳粛さに吞まれ、畏怖さえ覚えた。


 この場にいたら僕はこの空間の限界値のない、真竹の静謐に掌握され、一生、穏やかな日常に戻れないんじゃないか、と慄いた。


 その日常だって普通の人たちとは著しく違うんだけど、と今なら思うのに。



「この子は私と義彦さんとの子供や。何で周りの人たちが奪わないといかんと?」


 いつの間にか、君は訛りのある宮崎弁に戻っている。


 子供を守ろうとする若い母のなまじといかぬ強い姿勢。


 その哀れなまでの姿はあまりにも尊く、人間が人間として有るべき愛情を貫いていた。


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