第40話 ルナシー、月詠尊


 その代わり、忖度のない受験生はその裏口組のために点数を大きく減点され、仮に合格できても、入学後の大学で著しく不利になる、と極秘文書には書かれてあった。


 そういえば、前に出くわした北崎ゆかり女史の娘が脈絡もなく、呟いていた裏口入学の件もあの少女の虚言でもなく、紛れもない真実だったのだ。


 角界にも重要なパイプで繋がっている彼女らしい画策だった。


 


 ひょっとしたら、あの青年は見かけさえもミーハーに見せかけた、彼女の大学のゼミ生の刺客なのかもしれない。


 そう言えば、彼女の名声を不審なくらい、心酔していたか。


 なぜ、その真実の符合に気づかなかったのだろう。


 彼女の一味の悪巧みにまんまと引っ掛かっていた井の中の蛙だったのだ。


 


 これは彼女の名門大学のスキャンダラスの、不正の何物でもない。


 世の中には濡れ手で粟のように親や周囲の指図でいくらでも、有利に動く、要領のいい人間がいるのだ、とここでもまざまざと見せつけられた。


 どんなに血反吐が出るような努力をしたって、優遇措置のある者にはいくらでも、成り上がれるんだ。


 


 月の女神はローマ神話では、ルナシーという。


 狂気を意味する、ルナティックの語源ともなった。


 日本神話では影の薄い、天照大神の弟君である月詠尊の象徴で、まるで、世間体から疎まれる僕と何となく、畏れ多くも似ていた。


 


 終末を予感させる月食のように、この梅雨寒の霽月も不吉に満ちていた。


 


 僕の心音は極度に跳ね上がり、露草が繁茂する葉叢を思わず、踏みつけてしまった。


 


 月草、ともいう異名の露草に申し訳ない、と僕は思いつつも、咄嗟にその極秘文書を持ち出し、絶対に紛失せぬよう、大事に隠し持ってアパートへ帰った。


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