第10話 ダンデ『地獄編』


これから、見上げる世界は、阿修羅が眼光を光らす、地獄道かもしれない。


 不意に銀鏡で読んだ、古典の一説を思い返した。


 


 その古典は、ダンテの『神曲』の地獄編。


 --俺は人生の旅路の半ば、気が付くと、身がすくむような、暗い森の中へ迷い込んでいた、とある、あのあまりにも、有名な序章。


 


 濃艶な彼女が抱える、暗い森の中へようこそ、哀れな孤児の少年よ、と僕は仕切りに客観視しながら、彼女に子犬のようにじゃれ合い、甘える。


 


 母さんよりも、一回り年齢の女性にこうやって、可愛がられた経験は、これが初体験だった。


 当たり前か、と僕は心の湖沼で嘯き、湖面に必然と荒波が立つ。



「あなたみたいに素直な子は初めてよ」


 彼女の的から逸れた戯言を察するに、僕以外にも、性的に搾取された少年が、過去にいたということになる。


 凝りない彼女に、さらに僕は、いつもなら喘がないような、嬌声を空中に放ちながら、彼女に抱き着いた。


 


 彼女が身に纏っていた、黒いガウンからは、乳臭い匂いが漏れたような気がした。


 それはまさしく、錯覚だ、と僕は出鼻を挫かれるように悟る。


 高価そうな香水の湿った、きつすぎるオーディオコロンの、癖のある匂いだけが鼻腔を突き刺す。


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