第11話 月面、真紅の血


「断然見込みがあるわよ。あなたは」


 そのホテルへ到着してからは、あまり覚えていない。


 この彼女の偽善に満ちた餞で、僕を形成する、滄海は汚染された挙句、その波状を漂う、避難先の一艘のヨットも嵐に襲われ、ついには沈没するのだ、と裏口から入門したとき、かすかに予想した。


 


 張りぼての見栄だけのロビーを抜け、沈黙を揺さぶる、唐草模様の絨毯の長い廊下を抜け、秘密基地から隠れるような、スウィートルームが出現した。


 彼女は人の視線を気にするように、キョロキョロと見渡すと無言でキーを開け、僕は有無を言わされず、その豪華絢爛な室内へ強制的に進んだ。


 


 このホテルは確か、各界の名だたる、著名人や文化人が利用する勲章で、高名だったはずだから、この廊下の裏側にでも、醜聞をスクープする週刊誌記者がいないか、よく分からない、心配にやきもきした。


 ちらりと見えた豪勢な、燦然と輝く、シャンデリアもその富と名声を僕に対して、釘付けにさせていたから。


 


 何もかも、手に入れた彼女の地位や名誉でさえ、こんな災難であっても、心配してしまうような、負け組根性が一貫している、僕だった。


 今宵の月は、きっと、どうしようもない、絶望でその豊饒の海でさえも切り裂き、その月面から、一滴の真紅の血が流れてしまうだろう。


 


 これが僕にとっての、女性との逢瀬の馴れ初めだ、という事実をどうしても、うまく消化できなかった。


 僕の不安感をよそに、彼女は新入りの男娼を買い漁ろうと部屋に入るなり、手荷物を置いて、化粧も落とさず、誘惑するように微苦笑する。


「あなたはそこでシャワーを浴びてほしいの」


 

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