第42話 水の花、灼熱


 じめじめとした暗鬱な梅雨が最後の水の花を咲かすと、大きな洪水被害をもたらした翌週には嘘みたいに明けた。


 灼熱の太陽が夏本番の東京を容赦なく照らし、日焼けしない体質の僕の肌を焦がそうと企んでいたものの、僕を避けるように、水面下では常に暗夜を目論んでいた。


 


 通信制高校の学習もとうとう、金銭的な欠乏で、催促状が届くようになったと思えば、いつの間にか、あの学校での僕の扱いは除籍になっていた。


 つまり、自分の知らないところで退学処分になっていたのだ。


 成績は汗水垂らす努力のおかげで、オールA判定で定期テストだって、赤点知らずの高得点だったのに。


 


 ペラペラの通知を、アパートの仄かに暗い一室で受け取ったとき、僕は何の感慨もなかった。


 僕を取り巻く大人という大人は、何も与えず、奪ってばかりで、僕の信頼を重きに置こうとした機会なんてあっただろうか?


 伯父さんたちは一切、お金の工面も出来なかったし、通信制高校の学費さえも僕は稼げなかった、依怙地なしであり、悪運だけが堂々巡りの敗者だった。


 絵に描いた餅のような最底辺の失敗談、いざ、発動せよ。


 


 アパート内もあまり小物を置かないせいか、使われていない部屋のように閑散としていた。


 あるのは襤褸切れのような布団と毛布と、小さな折り畳み式の机とスマートフォンの充電器。


 小さな昭和の気配を連れたキッチンとお粗末なトイレ、とやっと一人が入れるくらいの狭いシャワー室。


 それと何冊かの文庫本。


 


 東京での暮らしが悲惨だって、誰も聞く耳を持たない。


 経済的な貧困によって、高校を中途退学する悲話なんて、耳に胼胝ができるほど、ありふれた話じゃないか。


 自分だけが世界中の不幸を背負い込んだ、悲劇のヒロインなんかじゃない、と僕はしつこく、言い聞かせながら、あくる日、孤月書房へと向かった。


 孤月書房へ到着すると、顔色の悪い僕の異変を察知して、宍戸さんが話しかけてくれた。


「辰一君。何かあったんだろう。正直に言ってごらん」


 僕は真正直に説明した。


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