第43話 偽りの花手水
「高校を辞めさせられたんです。学費を滞納した、と理事長から見做されたから」
これ以上、何を失え、と拙い世界を彩る神様は仰せになるのか。
「それは酷い。何て酷い……」
温和な宍戸さんもさすがに開いた口が塞がらないようだった。
「大丈夫です。高卒認定試験を受ければいい話ですから」
明るく努めてもこの場の空気感を和やかにさせるのは無理があった。
「そうは言ってもあんまりじゃないか。君は真面目に生きているのに、何で、善良な青年がこうもどうも、苦しんでさらに叩きつかれないといけないのだろうか」
「いや、僕は大丈夫ですから。これから、高卒認定試験に向けて勉強します」
「何か、不正があったんじゃないか。学校教育としてあまりにも杜撰だよ」
「もう、僕はあの学校に所属していない部外者ですから。ありがとうございます。心配して下さって」
宍戸さんの強張った表情は僕が見ても辛かった。
その杜撰、という言葉に僕は彼女の大学の不正問題について否応なしに思い巡らした。
彼女が所属する名門私立大学さえも、口を噤むような不正や忖度と無縁な、澱んだ汚水のような高等教育機関なのだから、僕にはどう足掻いても、名誉心から唾棄される、存外者なのだ。
羨望を一身に浴びる、人格者の彼女と恋の瀬に浸入し、素潜りし、彼女の綏花と化した、偽りの花手水を飲んでいるのは紛れもない僕なのに。
「君はあまりにも可哀想だ……。周りが悪かったばっかりにこんな酷い目にあって」
仕事に打ち込みながらも、宍戸さんの心配事は尽きなかったようで、その労いと憐憫を僕は一身に浴びながら、路上に生えた白い花が咲く、アカシアの並木から蝉時雨が鳴りやまぬ、炎天下の七夜月の青空を見て、今日が僕の十六歳の誕生日だったことに、今さらになって気付いた。
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