第17話 酷愛


 銀鏡では瀟洒な喫茶店でくつろぐという、ささやかな娯楽は、縁遠かったから、こういう都心的な文化を味わえて、唯一無二のささやかな、アーバンライフだと思える。


 


 月球儀にある異世界のような店内のブルームーンに入店し、カウンター席に座り、僕はお暇にかまけて、ブラック珈琲を頼んだ。


 宍戸さんも同様、大人の味を選び、毬栗頭のマスターがサイフォン式の、ドリップ珈琲を一から珈琲豆を挽いて、芳しい匂いが白い湯気ともに、繊細なレースが飾られた店内へ移動していく。


 


 行き交う恋人たちも家族連れも、不貞腐れたサラリーマンも、皆々が日常を謳歌しているように、僕は勘違いする。


 必ずしも、平和的に見える人々が、何も抱えていないわけではないのに、この世界で僕らだけが涙を流しているんじゃないか、と狼狽えてしまうのだ。


 


 彼女との酷愛も予定通り、続いていた。


 僕は彼女の名前をいくら、心の中であっても、文字化したくはなかった。


 


 彼女は僕を殊更、気に入り、毎週末のように僕を淫乱に誘い、男性性への批判を交え、罵倒しながら僕の心に広がる、夜這い星を激しく、ぶつけるように秘密裏に抱いた。


 


 僕は彼女の悲哀の隅々まで熟知している。


 蚯蚓鳴くように無理しながら、嫌悪感を押し殺し、彼女の優越感に寄り添うのも、僕にはお手の物だった。


 その対価として、毎回、二万円ほどの駄賃をもらえるのだから。

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