第32話 刹那
「母は僕を十九歳で産んでからずっと僕を疎んできたんです」
今、僕を生んだ母さんの年齢より三歳下の僕が父親になれ、と命令されたらうまく誤魔化せるか、対処できない。
「そう。あなたのお母さまは随分、若くしてあなたを産んだのね」
彼女の口癖に僕は何となく、苛立った。
「毒親の象徴的なケースだわ。十代での妊娠がいかに女性へのキャリア形成に多大な影響を与えるか、男どもは知ろうとしないんだわ」
僕の母さんは彼女の述べる、キャリア形成という単語とも無縁だったわけだが。
「あなたのお父様はどんな人だったの」
彼女の瞳孔が誇らしげに刹那に光った。
「僕の父は学生だったと聞いています。母には似つかわしくないような」
実際、僕は父さんの事情を実の親子でありながらあまりも知らないのだった。
「あなたの知的な顔立ちはお父さん譲りなのね。余程の」
僕の同級生の清羅さんが僕に不意打ちに教えた秘密も、あの人が泣き叫びながら肯定したから、僕の父親という人間は、この現代社会ではある程度評価され、羨望を浴び、名誉心もあり、教養も裕福さも定期的に約束された人なのだ、と理解する。
今の僕とは真逆の人生を高らかに謳歌している、真のエリート、それが僕の父さん。
「どこの学部なの? ねえ、坊や」
彼女に聴かれたので僕ははっきりと答えた。
「とある名門大学の法学部の学生だった、と母から泣きつかれて聞きました。それ以上は知りません」
別段、顔も知らない父親の素性を教えるつもりもなかったはずだ。
「お父様と別れた理由は?」
彼女の体たらくの言動には身を余した。
「母は利用されただけだったんですよ。僕の推測から察して」
彼女の口車にまんまと乗らされる。
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