第30話 一人剣、幻影


「あなたの苗字が珍しいから検索したらびっくりしたの。あなたって、ご家族が右翼団体の関係者だったのね」


 彼女の荒んだ、恋の罠に嵌めようとした眼の色が鋭く光った。


 一瞬、伯父さんが銀鏡神楽の演目、式十八番の一人剣を舞いながら、端正な顔立ちで北辰へ祈りを捧げている、凍てつく冬の深夜の面影が脳裏に浮かんだ。


 伯父さんの鬼気迫る表情は精悍であり、真剣そのもので、僕には到底、僕には太刀打ちできない、神龍と見紛う、神聖な領域だった。



「それがどう、不満なんですか」


 言ってはならなかった。


 この半月間、彼女から潤沢な資金をせしめようと、身を粉にするような努力を続けたのが、数秒で水の泡になる。


 リベラル派を妄信する彼女らしい、絶頂的な責め苦で僕を買い被る。



「不満って、こんな神職関係者の有望な青年が、私に媚びるくらい追い込まれて、保守派の野郎も地に落ちたと思って。それだけよ」


 出合茶屋で再会した妖艶な彼女の誤謬に信頼性はなかった。



「僕には何の未練もありませんよ」


 無理して笑顔を作りすぎたせいか、流し目と表情筋が妙に強張っている。



「僕には先生だけを信頼していますから」


 何とか、話題を逸らそうと一捻りしても何の蓋然性はない。



「そう。あなたも随分、冷淡な男なのね。貞操観念を裏切るようなことをして」


 彼女に子供はいるのだろうか、と僕は心変わりのように思い返した。


 そもそも、結婚し、伴侶となる男性もいるのだろうか。


 確か、彼女の重版刷りの著作に高校生の子供がいる、とは自慢げにそのベストセラーになった著書に書いてあった。


 

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