青水無月、絶望

第29話 水無月少年


「あなたは何も話さないのね」


 水無月の、酷薄な雷鳴を引き連れる篠突く雨が都心に義務的に降り注ぐ、煙霞がかかった今宵も散々、戯れた房後、彼女は不満そうに漏らした。


 高級ホテルに入館する前、裏口の脇に咲いていた藍紫色の濃紫陽花を僕は見かけた。


 その四葩の花は手毬花、という異名があるように、京都のお土産屋で販売されているような、明るい色彩の手毬のような萼が集くように咲き乱れ、気だるい雨水に打たれていた。


 


 露地に植樹されていた葉桜も桜の実が落ち、万緑の候が到来している。


 花菖蒲や杜若もこの前、代々木公園に出かけたとき、見惚れてしまうほど幽玄だったから。


 僕は彼女にとっての若い燕かもしれないけれど、本物の夏燕はこの都会の片隅にでも、子育てに専念し、愛情を一心に注いでいるに違いない。



「あなたの口からあなたの内情を聞いたことがない」


 僕は素っ裸のまま、彼女を不愉快にさせないように適当に誤魔化した。


 鞦韆は漕ぐべし愛は奪うべし、と続く、三橋初女の名句のように彼女は、密会のブランコの回転速度を強めているのだ



「いつか、言いますから。先生」


 色目遣いの彼女は決まって、徒情の僕からの呼称を『先生』という尊称に一途に拘った。



「もう、あなたを抱いて半月は経つのに、まだ、あなたこの私に素性を明かさない」


 色鎌を振り回す傲慢な彼女に十六歳の貴重な青春を、エロティシズムの人身御供として、捧げているのに、彼女は些か、不満げに言う。


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