第122話 片時、青い波間


 君は怯えたまま、違うと、違うと、と君は君の美しさを認めようとしないでいる。


 君の美しさをまだ君は知ろうとしないけれど、僕はちゃんと知っているんだから、と君の耳元で囁く。


 君は本当に綺麗なんだ、と恋の波紋を広げるために君の乳房を壊れそうになるまでに握り、君をつい、揺さぶってしまう。



「義彦さん、私なんか全然、綺麗でもないとよ。こんないやらしいことをやって」


 君の純情な怯えに僕は青年として、不吉な高揚感さえ覚えた。


 いやらしいこと、恋人たちの秘密の夜でさえ、君は頑なに純潔を守秘しようと古風に耐え忍ぶ。


 早く一緒に小宇宙の波間に揺られ、溺れ、そのまま這いつくばって君と同じく化したい。


 


 僕の生への証も燃え盛る紅蓮の炎のように高熱を帯び、まるで、残虐なグリム童話の赤ずきんちゃんを虎視眈々と狙う狼のようだ、と僕は卑屈に笑う。


「いやらしいこと? 君はあまりにも潔癖すぎる。だから、君は綺麗なんだ」


 無理やりキスを再三、奪った僕に君は嫌がる素振りのような曖昧を溶かし、僕の瞼にその長い睫毛が当たり、君の唄をそっと聞き入れる。


 どうかしている。


 僕の手は君の身体の奥底までしっかりと触れ、掌中に入れ込んでいた。君の微熱を僕もまた、感じ取る。



「君の蕾を咲かせたいんだよ。……君は僕にとっての木花開耶姫なんだから」


 君はその固い蕾を咲かせようとぶるぶると震えているものの、自ら悲愁を脱がし、その白い肢体が月影に照り映え、月光の奏鳴曲を聞き入れたいような、そんな神々しい心地になる。


 遮二無二に僕らは月虹を飲み干し、抱き合い、その過密を味わう。



「君を忘れない。そして」


 君は僕の全てを許し、深窓のやんごとなき姫君のように僕の腕の中で眠りについている。


 まるで、白紙のような瞼を閉じた君は雪をも欺く、眠り姫。眠っているふりをしながらも僕とのめぐり逢いを許している、と僕は受け取った。


 僕らはそのまま、結ばれ、一夜を明かし、日中が上がるころになるとあれは春の夜の淡い夢だったのでは、と何度も面影草紙をめくった。



「君はいつまでも綺麗だ」


 生涯かけて愛するのは君。あの頃の僕は君を全身全霊に愛していたのだ。


 君が海幸山幸の神話に登場する、美しき豊玉姫のように常世の国へ帰還し、去ってしまったとしても、僕は片時も君の笑顔を忘れたことはなかったのだ……。




 

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