第82話 嘘
彼に駆り出す、不満は僕の素性とは関連性はない。
が、国家機密級の出生の重大すぎる秘密をある意味、本意もなく暴かれた、僕から口出すことも叶わない、という事実も吞み込めていた。
こいつの勘違いに断定できる、という確信に揺るぎはなかったけれども、あまりにも彼が罵倒し、半ば、泣き目になりながら、僕を煽動し続けるものだから、絶大なる恐怖感さえも芽生えた。
その恐怖感もかつての僕の中にあった、同情と憐憫が根底にあった。
「だから、君の勘違いだよ。もし、それが事実ならば、僕だって普通に全日制高校だって進学できたよ」
僕が思わず漏らした本音に彼は驚きを隠せないように狼狽した。
「君、中卒なの?」
先ほどまでの罵詈雑言が噓八百となり、白い眼を剥いて泡でも拭くように、彼は見事に失笑した。
「本当? マジ痛快。旧皇族のお坊ちゃんが中卒か。やあやあ、やっぱり、因果応報なんだ。庶民から甘い汁を吸っていた奴は、来世では苦渋を舐めるんだな」
黙るしかない、僕に余計に彼は釘を刺した。
因果応報、という彼のレッテル貼りに僕は何とも感じなかった。
それを指摘した彼は十分、的を射ている。僕がどんな素性であれ、十把一絡げに即断するのは何とも、違和感があった。
「君の勘違いの証拠だ。いいから、忘れろ。嘘もほどほどにしろ」
自分が招いたわけではない黒雲に、僕は言い訳を取り繕いながら、彼との会話に終止符を打とうとした。
「リベラルも嘘だ」
何か、身体が猛毒の鉛のように重い。
「恒久的な世界平和も嘘だ」
窮地に追い込まれて僕は足元を見失った。
「国家安寧も嘘だ」
ああ、何か、生きるのが疲れた。疲れたんだ、途方もなく。
「保守派の戯言も真っ平な嘘だ」
誰に向かって良識を呼び戻すか、はたと分からなくなる。
「というよりもこの国そのものが嘘だ。自由主義? 平等? セカンドチャンス? やり直しが効く社会?」
夏の夜のむさ苦しい熱気が却って、この実情に水を差していた。
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