第118話 月の船、果ては草若葉


 僕は月の船が行き交う夢の旅路を見ていたんだ。


 僕は秋の夜長の夢の中で同化し、深い谷底まで堕ちていった。


 誰かと会うたびに傷つく僕がいる。その真理を自覚しながら。


 


 ……初めて、明治神宮での神楽の奉納祭で会った、君は満開の桜の樹の下に控えめに咲く野の花の菫のようだった。


 僕は君を桜の姫として君臨する、木花開耶姫として見初めたいのに、君は多くの人が見上げる花万朶の桜には畏れ多いと嘆いて、せめても自分は踏まれる草若葉だというのだ。


 それも、全然、可憐じゃないような、多くの人に愛でられず、何度も繰り返し、踏まれ続ける雑多なオオバコしか、私には似合わないんだ、と君が冗談交じりに言ったときのやるせない横顔が僕は忘れられない。


 せめて、君は野山に咲く紫紺色の菫なんだよ、と僕がつい、訂正すると君は小さく微笑んだ。



「私は違うとよ。私なんか似合わないと」


 上京したばかりなのに宮崎弁を矯正しようとしない、素朴な君の言の葉に僕は心が和んだ。


「私は夏に生まれたし、春の花は似合わないと」


 銀鏡千夏、と君は朗らかに名乗った。明治神宮で行われた、全国各地の神楽の奉納で君と巡り会ったとき、清潔感のある若さと素直に馴染む君は、お兄さんやお父さんが舞った、という地元宮崎の銀鏡神楽について誇らしげに語った。



「お兄ちゃんは一人剣の舞に迫力があってすごいの。本物の小刀を使って何回もバク転をしながら舞うんや」


 君の誇りに満ちた歓喜の声は僕の沈みがちな、雨情も晴れやかにさせた。


 都会に垢抜けない少女の純情は僕の心を動かすのには、これ以上にない奇遇だった。


 僕は君と会ったその刹那から恋に落ちてしまったのだろうか。


 


 君の横顔がゆっくりと生クリームが直射日光によって蕩けるようにその輪郭が朧になり、君の表情の詳細を僕はもっと知りたいのに君は剽軽者でなかなか、僕に素顔を見せてくれはしないのだ。



「君は随分、お喋りなんだね」


 僕がつい本音を滑らせると、君は顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうにはにかんだ。


「私、失礼なことを言ったかな?」


「ううん。全然失礼じゃない。むしろ、興味深い話だった」


 

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