第57話 暮れ方、地上の星座
中学時代よりも君は大人への階段を登り、幼気さが残る面影が大人の淑女へと花開き、若さが漲る瑞々しい、青い芝生のようにその横顔は輝いているだろう。
清潔感のある小指とカサブランカの花のようなうなじ、元旦に初日の出を見上げた爾後、淑気漂う朝に食卓に並んだお節料理の食んだ、黒豆のようにつややかな両目、その華麗なる婦人が身に纏う、黒繻子のように優雅な窓辺を誘惑する黒髪、……君を形容する一言一句に僕はどんな暗喩が相応しいか、その選択に迷ってしまう。
どんなに偉大な文豪がその豊富な語彙力を駆使し、しめやかに描いても、まだ充足できないほど、君の美しさはこの世のものとは思えぬほどなんだ、こんな器の小さい僕にとっては、と遠方からであっても恋い焦がれる。
螢ちゃん、螢ちゃん、君を日向の国に置いて来てしまったのが、僕にとっては忸怩たる思いしか、残っていない。
日向の地で生活している君はどんな少女になっているのだろうか?
ターコイズブルーのような暗鬱な色彩に僕はどう取り組めばいいのか、頭は下がるばかりだった。
「あなたって普段は無口なのに、セックスのときにはすごい力を発揮するのね」
「先生だけが僕の頼りですから」
「若いのに媚びるように意地らしく嘆願して。可哀想に母親からも愛されないなんて」
「今の僕には先生がいますよ。こうして、先生と愛し合うのが僕にはたまらなく幸せなんです」
「可愛い声で喘ぐのね。哀れな子」
「ありがとうございます。あっ」
君の名を無口で呼びながら、僕は彼女の熱愛に応じ、さらなる不遇の大雨に滝行のように打たれた。
彼女に慰めながらもずっと、僕の集中には君の存在ばかりが頭には残っていた。
心はいつも、君と共にあったのだ。
彼女にどんなに酷使され、隷属され、縛り上げられても僕の精神的な支柱は君と共にあった、と断言できる。
結局、彼女のラブロマンスは夕方近くまで攻められ、終了した頃にはすっかり、薄暮になっていた。
ホテルを夜盗のように退出し、家路に向かっていると、ビルとビルの隙間から常夏の白い夕焼けが見え、眼下の街並みを優しく包み込むように白熱に染め上げていた。
スカイツリーも斜陽に照らされ、長期的な休暇の日程のように、その長い鉄塔を周囲に表示していた。
入相のスカイツリーにしばらくすると、ライトアップされ、その青い蛍光色は都会に乱舞する螢のように人々に安穏を与えていた。
暮れ方、多くの市井の人々の怒りや悲しみ、落胆と喜び、明日さえ回りくどい希望があるからこそ、東京に咲かす地上の星座は今宵も煌めくのだろう。
僕はスカイツリーを見え終えると、東京メトロ線に乗車し、アナクロニズムのような地下鉄に揺られ、人混みに流されていった。
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