第55話 哀憐、女郎花
本来ならば、今頃、宍戸さんが奢ってくれたランチで、もんじゃ焼きを食べようと前々から練っていたのに、彼女の度が過ぎる我が儘でおじゃんになった。
宍戸さんに断るとき、何と誤魔化して断ればいいか、判断に迷ったけれど、何とか、切り抜けられて僕はこの哀憐の修羅場にいる。
荒野に咲く、鬱金色の女郎花と由来はその名の通り、遊郭に幽閉されている、女郎から来ているのだ。
淫らなままに振る舞う、遊び女のような僕にはこんな悲しき逸話さえももどかしく思える。
「あなたにいい知らせがあるの」
彼女が久しく、情事以外の話題を口にしたので僕は自然と耳を寄せた。
「あなたがもし、その気ならば、うちの大学に入り直してもいいのよ」
彼女の格別のご高配を賜りに、僕は心臓の鼓動が著しく、高く向上しているのが分かった。
「あなたが未成年だってことも当に知っているし」
彼女には僕の年齢の詐称を見抜かれていたようだった。
僕は小さく気落ちすると共に、僕という人間は褒められたほうではない、潔白にしか縁がない人間、つまり、世渡り上手ではない、という事実をまざまざと知った。
「いくつくらいに見えました?」
僕は彼女の横で悪童のようにふざけ、囁きながら言うと、艶消しとなった彼女は僕の撫で肩に手を回しながら不屈に微笑んだ。
「どう見ても、高校生くらいに見えたわよ。私と会ったときは硬い蕾を隠したままの十五歳くらいで、今はその熱情を花開いた、十六歳の少年。だって、内側から輝くような若さは隠せないわよ」
彼女の妙なところで発揮される洞察力にはハッとさせられる。
僕は彼女の腕の中で嬉しさのあまり、くしゃみをした。
「お金にそんなに余裕がないのならば、私が工面してあげてもいいのよ」
僕の中で将来に対する期待感が、萎びた風船が一気に膨らむように大きくなっていく。
これで、底辺生活から抜け出せるかもしれない、という期待に圧迫させると僕の心音は必要以上に高くなった。
「受験生なのね。こんな可愛い真面目な男の子が」
鼻についた僕はわざとらしく、彼女の皺だらけの乳輪に大胆にキスをした。
傷だらけのパッションフルーツをもぎ取るように優しく揉んで、右手で包み込むようにゆっくりと愛撫する。滑稽なくらい、今の僕には茶番劇のような歓喜に満ち溢れていた。
「こんなに喜んで。まあ、可愛い子」
主人に従順な子犬のように僕は彼女の餅肌の香を嗅ぎ、汗ばんだ、その中年女性らしい染みだらけの背中にキスをした。
もう、一生分ほどのキスをしたかもしれない、と思えるほどの恋情。
強く押し付けるようなキスをしすぎて、唇がひりひりと痛かった。
彼女と塩辛い舌で奥深く舐め合い、淫らに交わりすぎて、すっかり、僕は若さのシンボルカラーの精力を摩耗してしまった。
そのまま、疲れ果てて、彼女のそばでくど過ぎるほど、喋喋喃喃を交わした爾後、うたた寝していると、蝉時雨が緑陰から甲高く懸命になりながら聞こえた。
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