第65話 風前の塵


 ビーフステーキと付け合わせの馬鈴薯と人参、パセリが口の中でカサカサにミックスする。


 このビーフステーキのソースは何となく、塩辛すぎる。


 ウエイトレスが僕らを胡散臭い眼で見ているのも僕はキャッチした。


 


 愛人である、若い燕の少年と食事をしている大物女性教授。


 この妙な組み合わせを蔑称でも付けているんだろう。


 デザートの冷製スープだって味が全然しなかった。


 


 そのまま、僕らは個人タクシーに乗って、彼女の家に連れ立った。


 今日は最高気温を更新し、鰻登りのまま、高温の真夏を送っている東京で僕は初めて、彼女の家に辿り着いた。


 白金台の高級マンションだった。


 


 僕が住む世界とは違う人たちが住む住居に僕は風前の塵となる。


 彼女の家には確か、あの代々木公園で会った娘がいるはずだ。


 娘がいれば、よくないだろうに……、と杞憂を覚えていると、彼女から説明した。



「私の娘は今日から塾の合宿なの。しばらくいないから」


 娘は名門塾を掛け持ちして、その勉強合宿なのだという。


 僕が高卒認定試験を受けたはずだったその受験日に娘は悠々と勉強合宿に出向いているのだ。


 この奇妙な巡り合わせなんて滑稽に等しかった。


 


 マンションはセキュリティーが厳重に確保され、その厳格な設備に目が回るほどだった。


 指紋認証で入ると、エレベーターでさえもセキュリティーが雁字搦めに施され、まるで、鍵付きの箱がマトリョシカのように何重もあるようだ、と思った。


 高層階でエレベーターは止まり、彼女に連れられ、彼女の秘密の隠れ家のような住処へ足を進める。


 エレベーターに乗っている間、その上層階へ誘う圧のある、空気感に僕はまざまざと下界との大きな差異を知った。


 

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