第66話 月の踊子


 彼女の住む部屋に入ると、僕は玄関で彼女と深い接吻を交わした。


 よくぞ、飽きないものだ、と僕は心を飛ばしながら彼女の意のままになる。


 防犯カメラがある前でこんなキスをしたら醜聞の的になるに違いない、と思いながら。


 


 彼女はシャワーも浴びず、僕の唇を強く舐めながら慰み者にした。


 朝早くからあんなに戯れたのに彼女の底なしの淫欲には悪い意味で褒めるしかできない。


 


 今日は高卒認定試験の受験日だった。


 あれほど、準備万端に独学で勉強して、やれることは全てやって、寝る間も惜しんで、備えてきたのにそれが一瞬で泡になった。


 こんなおばさんに花柳界の踊子のように可愛がれるだけしか、僕の社会的なポジションは確立されないのか。


 


 彼女の寝室には名門大学の教授らしく、多くの学術的な文庫本や人文学系の単行本、論文をまとめたファイル、彼女の著作物等々、ギュウギュウ詰めに置かれている。


 使い込まれた後のない多くの本は彼女の偉才を必要以上に誇示していた。



「あなた、今日が試験の日だったんでしょう」


 彼女も把握済みだったようだ。


「わざと呼んだの。お金がないあなたを苦しめようと思って」


 そんなあくどい発言を何と彼女は、僕が彼女の中に入り込んでいるときに言ったのだった。


「高卒認定試験くらい、男のあなたなら簡単に乗り越えられるわよ。あなたは名誉男性なんだし」


 息が切れる。


 息が止まる。


 


 もう、僕は彼女の中で惨めに精を吐き出そうとしている。


 そんな屈辱めいた最中で、そんな酷い発言をするなんて、とそうは思ってみたものの、煮え切らぬ快楽のほうが断然勝り、蟻地獄に入り、溺死した、子猫のような声を上げて、僕は底を尽きた。


 

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