第63話 三面鏡、虚栄の篝火


 マスターも訝しげに僕に尋ねた。


「僕は父と会ったことが今までないんです」


 古書の一覧表に印をつけながら、手は止めなかった。


 仕事は仕事だからと割り切らないといけない。


 本音を写し取る、三面鏡で僕の虚栄の篝火を幾つものの物陰として、見つめたような、奇妙な心地になる。


 


 マスターは事情を汲み取ったのか、それ以上は追及してこなかった。


 父さんの糸口を僕はまた逃がしてしまった。これで、父さんとの再会を望めたかもしれないのに。



「辰一君、大丈夫か? 疲れたのならば、安心して休むといい」


 宍戸さんに缶コーヒーを渡され、僕は会館のロビーの座席で休憩を取った。


 ぐったりと背中の隅々まで疲弊が蝕んでいる。


 次々と運ばれる、古書の香りが僕の疲労感を緩やかにしていく。


 


 長年、多くの人に使われた古本は新たな本の主と巡り会うために旅をしている。


 そんな空想童話を想像させるほど、僕のメルヘンな気まぐれは、この蔵書の大海と共にあるのだ。


 僕は知的好奇心、という一艘の巡視船に乗車して、荒波漂う、大海原へ航海するのだ。


 例え、嵐に見舞われ、沈没し、難破船になったとしても、僕はこの本の異世界に旅する、巡礼者となりたいのだった。


 


 父さんもいつか、会えるのかな。


 本が好きだった父さんと、いつか、いつか。


 灯台下暗し、身近なところに幸せを司る、愛天使は降りている。


 


 ブルームーンに毎日、入り浸れば、父さんに運命的に出会えるかもしれない、と不穏な使命感に駆られる。


 それは無理だよ、と僕は仕事に専念しながら、束の間の休息で夢、という特性を諦めた。


 


 残暑厳しい、ロビーでは多くの業者が汗だくになりながら本を運び続けていた。


 ロビーの土間に落ちていた蝉の抜け殻を発見して、空蝉は紛れもない僕だ、と妙に感心した


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