第23話 レール、虚無感


 喋り立てる彼女の空虚感は、一向に塞がらない。


 親が敷いてくれたレールの上に乗った路線を歩んでいるだけなのだ。


 彼女の実力じゃないし、彼女自身は勘違いしているだろうが、全ての栄誉は彼女の周りにうろつく、大人たちが惜しみなく与えたものだ。



「どうして、こんな平日に君はここにいるの?」


 意地悪だったかもしれないが、僕はあえて問うた。



「ええっと。私、そうなの。最近、学校に行けなくて」


 少女の強気な両目が一気に興醒めし、勝気なプライドも萎んでいくと彼女のほうから僕の内情を問うた。



「あなたは? 学校に行けないの?」


 やはり、僕は実年齢ほどにしか周りからも見えないのだろう。



「僕は通信制高校に通っているんだ。平日の普段は働いているよ。今日は仕事が休みだったからここで休憩していたんだよ」


 僕が説明しても話せるような身の上話なんて過小な価値しかない。


 彼女の恐れ入ったような両目は安堵と軽蔑の色へと変わり、自分とは別世界の人間だ、と線引きするように僕に相槌を打った。



「十代なのに働けるなんて大変だね。あたしには想像が付かない」


 母親が教授を仕事に選べるようなエリートの家庭ならば、それも本音だったのだろう。


 僕はふと、少女の眼が誰かに似ているのに気付いて、少女の話を換算して、我に返った。


 


 ああ、この少女はあの北崎ゆかり女史の一人娘なのだ。


 彼女の著作によれば、目の中にも入れても痛くもない、愛娘が名門女子校に合格し、その中学受験体験記を一冊の本にまとめ、その単行本は数年前にベストセラーになったのだった。



「学校に行かなくてもいいのかい。勉強も大変だろう」


 僕が何の気なしに言った忠告を彼女は遮った。


「行かなくてもいいの!」


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