月神楽 月影よ、この出生の秘密も僕の悲愁も砕いておくれーー。
詩歩子
春の夜の月
第1話 有明の月、桜
有明の月の刻時、僕のひずんだ焦心に得も言われぬ、藤鼠色のインクでべたべたと塗り潰したとして、決まり切って、現状が打破できるわけじゃない。
だからと言って、春の夕さりでの束の間の口笛を禁じるように僕の懊悩だって、簡単に切り裂けやしない。
花散らす、黄昏月が車軸を流すような、花の雨に濡れた捨て犬のような僕を、慰撫するように夕闇は、一時的には救済を施してはくれるものの、根本的な解決を促してくれるわけではない。
桜吹雪の乏月、どうせ、事態は好都合に変化しない。
明日さえも変幻自在に明るく進展はしないのに、この浩々たる望月は、些末な僕に月明りをもたらすのか。
その古書店は神保町のスズラン通りの路地裏に店舗を構えていた。
神保町では昔ながらの掟のようにある、古本を日焼けさせないために、西日を避けるように北側に並ばれた古書店、孤月書房も、未成年者の僕の定時勤務を許してくれた。
家庭の経済的な諸事情により、高校進学の夢を絶たれた、僕にはこの上ない、幸運だった。
この孤月書房で真面目に働けば、高校も無事卒業し、果てはその先に繋がる大学受験だって、無謀な夢じゃないじゃないか、という、淡い期待だって、僕にそれなりの向上心としてあったからだった。
孤月書房の店主、宍戸さんはいきなり、押しかけて働かせてください、と熱望した、見ず知らずの僕を邪険に追い出す素振りも見せず、不愛想ではあったものの、身の上話を親身になって、夜が更けるまで聞いてくれた。
僕が経済的な事情で高校進学を諦め、現在は通信制高校に在学しながら、お金を稼ぐしかない、という切実な事情も中傷もせず、理解を促しながら頷いてくれた。
本来ならば、未成年の僕を働かせるのは法律上、違反ではあるのにも関わらず、宍戸さんは住む場所まで用意してくれた。
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