第13話 春の夜の夢の如し


 先刻まで身に纏っていた、誰もが一度は耳にしたことのある、高級ブランドの黒いワンピースも律儀に机上に畳まれ、一定数の育ちの良さと品位を見せつけていた。


 道徳的に僕を弄ぶ、これが赦されるか、道義的にも当の僕は何も知らない。



「さあ、坊や。緊張しないで。落ち着いて」


 彼女のほくそ笑む表情に、僕は軽く戦慄した。


 その急激なフォルティシモな動揺も、心に秘めていた結界を破ってしまうと、僕は心を飛ばしながら、腰に巻いていた、タオルをカーペットの上に落とし、わざとらしく、彼女の心走りながら彼女の作り物のような胸元へ飛び込み、その穢れた魂を恣に捧げようと、と揺すり満つように闇路へと突き進んだ。


 


 少しだけ、水滴に濡れた前髪が戯れの邪魔となり、夜の小部屋があまりよく見えない。


 


 それからは、最初から測定されたように、あまり覚えていない。


 あれは春の夜の夢の如し、切ない世情の道連れだったのでは、としつこいくらい、月夜烏の僕の中で落ち椿を踏み潰すように思うが儘、反芻する。


 彼女に凍りついた、未熟な身体の至る所をディープにキスされ、僕自身の良心を破壊しながら、終始、花街で春情を売りさばいていた、しがない金魚売だったのだ、と無造作に知る。


 


 花見月の宵待ち、初めて女性との甘美な囁きのような、キスも遠音と共にこの情事であっさりと終えた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る